彼女の告白


「僕はこの人に殺されたんですか?」


 相変わらずな篠塚が、南央の話に被せるように晶生に訊いてきた。


 いやいやいや。

 貴方、自分で田所さんに殺されたって言ってたでしょう、と思う。


「ちょっと脅そうと思って、後をつけてたんです。

 篠塚さんの――」


 そんな南央の言葉に被せるように、篠塚が言ってくる。


「もしや、僕が田所さんに殺されたと思い込むようなトリックかなにかが……」


 いやいや、人の話を聞け。


 というか、被害者がこうして霊として出てきて会話を始めることを想定していないのに、被害者に誰に殺されたか、トリックにより勘違いさせる理由がそもそもないと思うのだが。


 篠塚がそんな阿呆なことを言っている間にも、聞こえてはいない南央は神妙な顔つきで語っていた。


「私、篠塚さんに見られたんです。


 あのコンパのとき知り合った宮崎亘みやざき わたると浮気してしまったところを。


 それをどうしても知られたくなかったんです、彼に」


「す、すみません。

 ちょっと待ってください」

と晶生は南央の話を止めると、篠塚を振り返る。


「そういえば、篠塚さん、他にも何処かで、石塚さんを見たような気がすると言ってましたよね?」


 そう晶生は篠塚に確認した。


「そうなんですよ。

 えーと、何処だったですかね?」

と相変わらず、ぼんやりとしたことを言う篠塚。


 そして、南央は、待て、と言ったにも関わらず、話し出す。


 もうこれ以上、心の内に溜め込んでおけなくなったのだろう。


「私が朝、自分のアパートから、宮崎と出てくるところを篠塚にさんに見られたんです。


 はじめさんより、宮崎の方をいいと思ったわけではありません。


 酔った弾みだったんです」

と南央は言う。


 始というのが、南央の彼氏のようだった。


「宮崎に友だちを誰か紹介してくれ、もう一度、コンパしないかと誘われて。


 私は、幹事のつもりで行っただけだったんですが……。


 でも、そんな言い訳なんて、許されないことはわかっています」


 それでも、彼と別れたくなかった、と南央は涙ぐむ。


「篠塚さんは、始さんのかなり親しいお友だちのようなので、もう駄目だと思いました。


 その日、会社は休みだったので、ずっと部屋で塞ぎ込んでいたら、始さんから電話がかかってきたんです。


 彼はまだなにも知らないようでした。


 私はなんとか篠塚さんに黙っていてもらおうと思いました。


 篠塚さんがお友だち思いの方なら、頼み込んだところで、聞いてはもらえなかったかもしれませんけど」


 泣き出しそうな顔で語る南央の横で、篠塚は一生懸命、南央と何処で会ったのか思い出そうとしている。


「ちょっと待ってください。

 今、思い出しますから」


 温度差がすごすぎるな……。


 沐生と二人、そんな彼らを見ながら、思っていた。


「でも、なんて言ったら、篠塚さんにわかってもらえるかわからなくて。


 最低なことをしたのは私ですし。


 でも、始さんと別れたくなかったんです。


 近いうちにご両親にも紹介してもらうことになってましたし。


 もう篠塚さんを殺すしかないかと思ったり」


 それだけ恋人と別れたくないということなのだろうが。


 この人も発想の飛ぶ人だな、と思う晶生の横では、まだ、首を傾げた篠塚が、

「何処で会ったんでしょうね~?

 コンビニか何処かですかね~?」

と言っている。


 ……よかった。

 この人のために、石塚さんが殺人犯にならなくて、と思っていた。


「そうこうしているうちにも、宮崎が何度も電話をしてきて。

 これ以上は会えないと断ると、脅してきました。


 私の部屋にあった彼との写真を見ていたようです。


 そのうち、なにがあったのか、宮崎は気が荒くなってきて、私に暴力をふるうように。


 ……私、もうどうにもならなくなって。


 宮崎を殺したいと思うようになっていました。


 あの日も、ナイフをバッグに忍ばせ、宮崎があそこを通りかかるのを待っていたんです。


 そしたら、別の人間が、宮崎を――。


 私は慌ててその場から逃げ出しました」


 そう告白し、南央は泣き出してしまう。


「ナイフを手にしていても、私に刺せたかどうかはわかりません。

 でも、あの人が刺されたとき、自分がやってしまった気がしたんです。


 私――

 警察に行きます」

と南央は言うが。


 いや、貴方がやったのは、浮気と篠塚さんの尾行と、弾みで真田くんを突き飛ばしたことだけだし、と晶生は思う。


 いや、真田に関しては、だけでは済まない話なのだが、本人が事件にする気はないと言っているので、警察も、また南央に来られても困ることだろう。


「いや、石塚さん。

 警察はいいですから、その刺した男のこと、もっと詳しく思い出せませんか?


 お知り合いとかではないんですか?」

と訊いてみたのだが、堀田たちに話した以上のことは知らないと言う。


「あっ、わかった」

と篠塚が声を上げる。


「いつか、図書館で見知らぬ女性に話しかけられて困ったことがあったんですよ。

 もしや、あれが貴女でしたか?」

と笑顔で言い出す篠塚に、


「もういいです」

と晶生は言った。


「それから、篠塚さん。

 それ、たぶん、知らない女性じゃないと思いますよ」


 そのとき、

「晶生~」

と声がした。


 真田が道路の向こうで手を振っている。


 横断歩道を渡って来ながら、

「すまん。

 出るのが遅れて」

と笑う真田に、


「あっ、ちょうどよかった、真田くん。

 南央さんを送っていってくれる?」


 口を開きかけた真田の言葉も待たずに、

「ありがとう」

と言うと、真田はなにか他の言葉を言おうとしていたようなのに、口の形を変えて、ええーっ!? と叫んだ。


 まあ、今まで狙われてないから大丈夫だとは思うが、南央は犯人の姿を間近に見ている。


 事件のあったあの店付近には立ち寄らないように言って、晶生たちは、まだ、えっ? えっ? と言っている真田に南央を任せ、その場を離れた。





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