おい、王子サマが来たぞ



「石塚さんが篠塚さん殺しの犯人ってこともないとは思うんですが。


 今のタイミングで、そういう態度を取ることがどうも気になって」


 まあ、ただの勘なんですけど―― と晶生が言うと、渋い顔をした堀田は、

「……うっかり探偵め」

と吐き捨てたあとで、


「わかったよ。

 石塚南央の周辺を洗ってやる。


 それと、田所に話を訊いておいてやるから」

と言ってくる。


 まったく、とミルクパフェを食べながら、堀田は愚痴り始めた。


「逮捕して話聞いてるとこなのに、実は犯人じゃないんじゃないかと訊けと言うのか」


 いやいやいやいや、と晶生は苦笑いして言った。


「田所さんには、石塚南央という女性を知らないかと訊いてくださったのでもいいんですけど。


 田所真奈美さんにもちょっとお会いしたいんですけどね」

と言ったとき、もう食べ終わったらしい堀田は立ち上がりながら、


「あんま期待すんなよ」

と言いながら、振り向きざま、凛たちの伝票もつかんだ。


「えっ、いいですっ」

と慌てて、凛が手を振る。


「しょっぴいて、拷問した詫びに払ってやるよ。

 坊主は死ななかった祝いだ」

と笑えないジョークを笑わないまま言い、出て行こうとした堀田は、晶生の後ろを見て、言ってきた。


「おっと、王子サマのお出ましだぞ。

 ……ま、悪魔かもしれんが」


 見ると、一応、サングラスなどかけて、余計目立ってしまっている沐生が店に入ってくるところだった。


 林田が遅れて頼んだマンゴージェラートを手にした恵利が、

「はっ」

と叫びかけて止まり、ははははは、と笑ってよくわからない感じに誤魔化そうとする。


 おそらく、長谷川沐生っ、と叫びかけたのだろう。


 客の目を気にして、思いとどまったようだった。


 だが、恵利は、此処に沐生と関係のある人間が居るのを知っているから、長谷川沐生だと気づいたが。


 そうでなければ、芸能人がその辺に居ても、よく似たイケメンだな、くらいにしか思わないものだ。


 会計を済ませてくれた堀田は、

「じゃあな」

と沐生の肩を叩いて、出て行こうとする。


「僕、まだ、食べてませんーっ」

と叫ぶ林田を残して。


「ゆっくり食ってこい。

 俺はちょっと車で電話してる」


 そう言い置いて、堀田は行ってしまった。


 ええーっ、と言いながら、林田は立ち上がろうとしたが、もう目の前に、可愛く盛られたマンゴーのジェラートが置かれていた。


 ええーっ、とまた叫びながら、急いで食べ始める。


 晶生たちの席は出入り口寄りで、晶生は、扉に背を向けて座っていた。


 晶生の側に座ると、みんなに顔を向けることになるからだろう。


 沐生は、晶生の向かい、堀田の居た席に腰を降ろした。


 長谷川沐生に横に座られた林田が、ひっ、と固まる。


 相変わらず、マイペースな沐生は、そんなことには、まったく気づかずに、

「サングラスをしてる方が目立つだろうか……」

と呟きながら、それを外しかける。


「どっちにしても、目立つからっ」

「どっちにしても、目立ちますからっ」

と晶生と恵利が同時に小声で叫んで、その手を止めさせた。


 なんだかんだで、側に居るときは、一応、沐生が目立たないように気を配ってくれる堺が居ない。


「堺さんと一緒じゃなかったの?」

と晶生が訊くと、


「なんか知らんが、そこまで来たところで、社長から堺に電話がかかって、迎えに行くことになったらしい。

 文句言いながら、俺を此処に降ろしたぞ」

と沐生が言う。


「この近くまで歩いてきてるそうだ」

と言う沐生に、


「汀が?」

と訊き返す。






 あのポンコツマネージャーめ、と思いながら、汀は通りを歩いていた。


 社の車が全部出払っていてなかったので、タクシーで移動したのだが、帰りは堺が近くに居るようだったから、来いと言ったら、沐生と一緒に晶生に会いに行くから嫌だと抜かしやがったのだ。


 仕事中だろっ、すぐに来いっ、と呼びつけたが、自分は沐生のマネージャーで、あんたの運転手じゃない、などと堺は御託ごたくを並べ始めた。


 それを聞いているうちに、堺たちが向かっている店の近くまで歩いてきてしまっていたので、

「沐生を降ろして、とりあえず、一度来い」

と堺に命じた。


 なんだかんだと言ってはいたが、来てはくれるようだった。


 昔馴染みなせいもあるが。


 どいつもこいつも、俺を社長だと思ってないな、と思いながら、汀は夕暮れの道を見た。


 表通りからは外れた狭い通りだ。


 ビルとビルの隙間で、車が行き交うのがギリギリくらいの広さだった。


 だが、堺が晶生が居ると言っていた店の、水色の看板が駐車場に立っていた。


 どうやら、店の裏側が駐車場になっているようだった。


 ちょうど、車から降りてくる堺の姿が見えた。


 沐生は居ない。


 沐生を店の前で降ろして、自分はこちらに回ったのだろう。


「堺……」

と呼びかけようとしたとき、誰かが堺に近づくのが見えた。


 ん? と思う。


 男が窺うように堺を見ている。


 だが、堺の方は気がついていないようだった。


 なにか様子がおかしい、と思った汀は、早足になっていた。


 男の手にナイフらしきものがあるのに気づいたときには、もう堺と男の距離はあまりなかった。


「堺っ」

と叫ぶと、堺が顔を上げた。






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