呪いですよっ

 



 やばい……。


 そんなに小遣いもないのに、この店に通い詰めている、と思いながら、晶生はメニューを眺めていた。


 よく考えたら、あの道の女が気になるのなら、道から眺めていればいいのに、気がついたら、この店に吸い込まれている。


 呪いだ……と晶生は思っていた。


 なんなんだろうな。

 このチョコムースをコーティングしているチョコのつやつや感は。


 金粉がかかっていると、つやつや感が増して見えるのは気のせいだろうか。


 頼まなければっ、という呪いにかかってしまう。


 このメニューに集中している間に、霊が出たらどうしよう、と思いながらも、メニューの写真から目が離せない。


「でも、晶生さんって、私立探偵としては、いいポジションですよねー」

と横に立っている恵利が唐突に言ってきた。


 誰が私立探偵だ?


 探偵になるのには、公安委員会に届け出が居るんですよ、恵利さん。


 そんなもの出した覚えはないんですが、と思っていると、

「いろいろ事件のこと、お知り合いの警察の人に教えてもらえるじゃないですか」

と恵利は言う。


「いや……堀田さんたちはなにも教えてくれないですけど」

とようやくメニューから顔を上げて言うと、


「えっ? そうなんですか?

 だったら、被害者のこととか、容疑者とか、交友関係とか、いつもどうやって知ってるんですか?」

と訊いてきた。


 ……そういえば、特に気にしたことなかったな、と気づく。


 樹里も堺さんも、元から知ってる人だったし。


 田所さんは向こうからやってきたし。


 霊を見ることしか頭になくて、一から足を使って調べようという気はなかった。


 まだ面会謝絶の被害者に会いたいとは思ってはいたけど、それは、単に、被害者の側にあの霊が居るかも、と思っただけだしな。


 とか思っていると、恵利が例のカップ麺を手に言ってきた。


「ところで、晶生さん、これ、賞味期限が来たら、どうしたらいいんですかねー?」


 食べる気か……。


 飾っておくだけなら、気にしなくていいはずだが、賞味期限……と思いながら、結局、さっきのチョコムースを頼んだ。


「真田……、真田くんは?」

と見ると、真田がメニューの上からこちらを見、


「前から思ってたんだが。

 お前は、俺を呼ぶとき、呼び捨てのときと、くん付けのときがあるな」

と言い出した。


「俺に対して、近しい気持ちのときが呼び捨てなのか?」


「いや、単に……」

と言いかけたとき、別の声が割り込んできた。


「単に女王様な気分のときが、呼び捨てで、普通のときが、くん付けなんじゃないの?」


「堺さん」


 またどっから湧いてきたーっ、と思いながらテーブルの上に置かれた白い指先を見たあとで、その顔を見上げる。


「違いますよ。

 中学まではみんなも男子を呼び捨てにしてたけど、高校に入ったら、くん付けにし始めたから、それに習ってはいるんですけど、たまに、混ざっちゃうんですよ」


 誰が女王様ですか、と言う晶生の言葉を聞かず、堺は恵利に向かい、

「私、ミルクパフェね」

と微笑みかけると、勝手に晶生の隣に座ってきた。


「堺さん、仕事してますか……?」

と言うと、堺は手にしていた車の鍵をガラスのテーブルに投げながら、言い返してくる。


「なによー。

 してるわよー。


 マネージャーなんて、ストレス溜まりまくりの仕事なんだからー。


 沐生をからかうか、あんたとイチャイチャするか。


 汀に当たり散らすか、甘いものでも食べてストレス発散させるしかないのよー」


 いやー、あのー、タレントでストレス発散するのはどうかと思いますし。


 私でするのもどうかと思いますよ。


 というか、社長にまで当り散らせるのなら、別にストレスなんて溜まらないんじゃないですかね?


 甘いものなんか食べなくても、と思っていると、堺が、真田がテーブルに財布とともに置いていた五千円札に気づいて言ってきた。


「どうしたの? それ」


 母親にもらった話を真田がすると、堺は、

「あら、臨時収入じゃない。

 大事にしなさいよ」

と自分と同じことを言う。


「いや、晶生に奢ろうかと……堺さんもどうですか」

と真田は訊いていたが、


「嫌だ、いいわよ。

 高校生にたかろうなんて思ってないわよ。


 っていうか、君、太っ腹ね」

と言っていた。


「とっとけって言ってるんですけどね」

とはなから奢ってもらう気もない晶生が言うと、真田は、


「生きたカネの使い方をしろって親に言われてるんで。

 自分の欲しいもの買うとかだと、物が残るだけじゃないですか」

と堺と自分に向かい、言ってきた。


「あら、でも、最初は、晶生とのデートに使おうとしてたんでしょ?

 それこそ、死んだカネの使い道じゃない?


 この女に奢ったところで、なんにも進展ないと思うわよ」

と堺はロクでもないことを言っている。


 どうでもいいんですが、後ろにまだ居ますけど、土下座の人、と晶生はチラ、と堺の後ろを見た。


「私がやりました……」

と後ろで男が土下座している。


「あのー、堺さん、それ……」

と言ったのだが。


「ああ、もう気にしないことにしたの」

と振り向きもせず、堺は言う。


 やはり、普段から霊を見ている人間は神経が太い。


「気にして、あんたの顔見ない方がストレスたまるから」

と言ったあとで、


「ねえ、お嬢ちゃん」

と恵利を振り向き、笑いかけている。


 堺に真正面から見つめられ、

「は、はい」

と少し照れたように口ごもりながら言った恵利は、小声でこちらに耳打ちしてきた。


「最初に見たときも思ったんですけど。

 すごい格好いいですよねー、堺さんって」


 いや、……私は、すぐに堺さんが男だとわかった貴方がすごいと思うんですが、と晶生は思っていた。


 堺の後ろの席の人が帰るらしく、椅子を動かしたので、土下座の男はその椅子にひかれていたが、堺は本当に気にする様子もなかった。


「よかったわね、真田くん」

と真田に向かい、言っている。


 退院出来て、かと思ったら、

「女に突き飛ばされたせいで、晶生と居られて」

と言い出した。


 おいおい……。


 真田は苦笑いしながら、正面の堺から視線をそらすように外を見る。


 なんだか、真田くんの方が大人に思えるんだが……と思ったとき、

「晶生」

と窓の外を見ている真田が呼びかけてきた。


「あそこに女の人が立ってるんだけど。

 事件の関係者なんじゃないのか?」

と外を指差す。






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