そこ此処に人が居るようだ……

 



 世界が違って見える……。


 真田は晶生と登下校に使うのと同じ道を歩きながら、自然と歩みがゆっくりになるのを感じていた。


 そこ此処に得体の知れない人間が居て、歩きづらい。


 いつものように道は大勢の人が行き交っているのだが、その中に、明らかに生きてはいない者が何人か居る。


 頭がバックリ割れている男とか。


 だが、そういうのは、グロイことを除けば問題ない。


 はっきり死者だとわかるからだ。


 困るのが、なんだか他の人と質感が違うだけの人間とか。


 微妙に色だけが違う人間とか。


 なんと言ったらいいのだろう。

 和紙の向こうに居るような感じとでも言うか。


 立体的に存在しているにしては不自然だったり。


 普通の人間と光の当たり具合がちょっぴり違っていたり。


「……いつもより、人が多いな」

と呟き、はは、と笑って、


「なに沐生みたいなこと言ってんの?」

と言われてしまう。


 わからない。


 あの電話ボックスの中にしゃがんているのは、生きたヤンキーか?


 死んだヤンキーか?

とそちらを見ていると、晶生がぼそりと言ってきた。


「気にしなきゃいいのよ」

と。


「見えないことにしたら、すべてはないのと同じ」


 そう言い、晶生は無意識のように、おのれの左肩に手をやったあとで、ふと、そこを見、不安そうな顔をする。


「どうかしたのか?」

と訊いてみたのがが。


 晶生はビルの谷間の夕陽を見たあとで、気分を切り替えるように、ひとつ息を吸い、言ってきた。


「そんなことより、真田くんのお母さんって太っ腹ね」


 母親が握らせてくれたのが、五千円札だとさっき言ったからだろう。


 いや、たまたま五千円札しかなかったか。


 晶生を見て動揺したからなんじゃないのか? と真田は思う。


 たぶん、晶生が息子の彼女なんじゃないかと思って。


 初めて見た息子の彼女に驚き。


 その相手が、ちょっと人ならぬ雰囲気をまとった美しい少女であることに驚き。


 ま、悲しいことに、晶生が俺の彼女とか、ありえない話なんだが、と思っていると、晶生が、


「臨時収入ね」

と笑って言ってきた。


「好きなだけ奢ってやるよ」

と言うと、


「言ったでしょ。

 奢ってはいらないわ。


 大事に取っておきなさいよ」

と晶生は言う。


 そして、晶生は自分が車に撥ねられかけたあの場所で足を止めた。


 車道から歩道までぐるりと見たあとで、

「真田くん、なにか見える?」

と訊いてきた。


「いや……いろいろ見えるけど」

と言って、顔をしかめると、


「君を突き飛ばした女の人は?」

と言う。


「居ない……かな?」


 あそこでミンチになったままの人がそうならわからないが。


 そのようなニュースはなかったから違うのだろう、と道の真ん中から目をそらしながら言うと、

「そう。

 じゃあ、大丈夫かな?


 君を突き飛ばしたあと、自殺でもしてたら、君の近くか、この辺に出そうだものね」

と晶生は淡々と言ってきた。







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