鋭い人

 



 真田が荷物をまとめていると、病室の扉がノックされた。


「はい、どうぞー」

と言うと、母と姉、未彩みさが現れる。


「もう。

 なによ、あんた。

 退院しないとかするとか、はっきりしなさ……」


 そんなことは医者に言ってくれ、と思ったが、ふと気づけば、母の言葉は途中で止まっていた。


 ベッドの側に立っていた晶生が、二人に向かい、頭を下げている。


「あっ、あら、どうもっ。

 こんにちはっ」

と母親が何故か挙動不審だ。


 そんな母に、

「荷物まとめたよ。

 あとは会計」

と言うと、側に来て、腕を引く。


「ちょっとっ。

 綺麗な子じゃないっ。


 お嬢様っぽいし、品がいいし、おとなしそうでっ」

と本人は小声のつもりらしい声で言ってくる。


 最後の一個が違う気がするが……。


 それにしても、この親はなにを慌ててるんだ、と思っている間、未彩は何故か警戒したように晶生を見ていた。


 晶生はこの病室を去るのが名残惜しいように、あの点滴スタンドの辺りを見ている。


 先程、消える前に看護師が発した言葉を思い出しながら、真田は母に言った。


「手続きしたら、先に帰ってていいよ。

 俺、見舞いのお礼に、晶生にちょっと奢りたいから」

と言うと、母は無言で金を握らせてきた。


 なにやら、晶生が気に入ったらしい。


 ……こいつが我が家の嫁になることはなさそうだが、と思いながらもその金をズボンのポケットにねじ込む。


 正直、長谷川沐生との関係を知る前は、そんな可能性もゼロではないかもと思っていた。


 だが、今は、ゼロどころか、マイナスだ……と思っている。


 万が一、晶生が長谷川沐生と別れても、あのなんだかわからない堺が控えている。


 ある意味、あの人が一番怖いぞ、と思ったとき、

「真田くん」

と晶生がいきなり呼びかけてきた。


「奢ってはいらないんだけど、ちょっと行きたいところがあるの。

 一緒に来てくれる?」


「ああ、いいけど」

と言いながら、あの店かな、と思っていた。


 晶生と自分たちが今回の事件を目撃したあのスイーツの店。


 そこで、母親が、

「なによ、その素っ気ない返事。

 もっとどうにかならないの?」

とよくわからない文句を言ってくる。


 晶生と二人で出かけるなんて。


 緊張して、そんな風に言うのが精一杯なのに決まってるだろうがっ、と思いながら、ボストンバッグのファスナーを閉める。


 病室を出るとき、姉が小声でボソリと言ってきた。


「ちょっとあんたには扱えなさそうな子ね」


 ごもっともですよ……。


 歳が近いだけに感じるものがあるのだろう。


 姉の方が母より鋭いようだった。





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