眠れない夜

 



 病院の消灯時間は早い。


 眠くはないが、仕方なく目を閉じていた真田だが、ベッドの左横が気になって仕方がなかった。


 そこに、また、白いナース服の女がこちらに背を向けて立っているのではないかと思うと、なかなか寝つけない。


 居ても居なくても害のないものなのだから、いっそ、見なければいいのに、ついつい、何度も確認してしまう。


 うう……。

 どうしたら。


 夜の病院は静かだが、一晩中、人が蠢いている場所でもある。


 目を閉じ、じっとしていると、誰かの足音が聞こえてくる気がして、それにすがるように、真田はついに、起き上がった。


 こんな時間にフラフラしていたら、怒られるかもしれないが、これ以上、ひとりで、じっとしているのは耐えられないと思い、思い切って、部屋から出た。


 重篤な患者ほど、ナースステーションに近いので、真田の病室は、ナースステーションの明かりから、かなり離れた場所にある。


 まあ、このまま何事もなければ、すぐに退院できるみたいだから、こんな夜は、今夜だけだ。


 そう自分を慰めながら、真田は光に吸い寄せられる蛾のように、一際明るいナースステーションに向かい、フラフラと歩いて行った。


 カウンターのところには、誰も居なかったのだが、中から小さな笑い声がもれ聞こえている。


 カウンターから身を乗り出し、そっと中を覗くと、二人の看護師の姿が見えた。


 一人は歩いて、棚に行きながら、小声でなにかを話していて、もう一人は、デスクで書き物をしながら、小さく笑っている。


 そのうち、歩いていた方の看護師がこちらに気がついた。


「あら? どうしたの? 眠れない?」

と訊いてくる。


「ああ、はい。

 すみません。


 なんだか人恋しくて」

と言うと、座っている方の看護師が、


「あら、そうなの。

 じゃあ、此処のソファで寝る?


 おねえさんたちが見ててあげるわよ」

と笑って言ってきた。


 ……此処は天国か? と真田は思ってしまう。


 家なら寝つかれないときは、ひとり寂しく、スマホをいじるか、動画でも見るかしかないのに。


 此処では可愛いおねえさんたちが相手をしてくれる。


 一瞬、このまま此処に居ようかと思ってしまった。


 そんな邪なことを考えている真田に、看護師がペンを手にしたまま、椅子をこちらに回して訊いてきた。


「ねえ、君。

 長谷川沐生さんと親戚なの?」


「は?」


 どうやら、沐生は一般の面会時間を過ぎて此処に来るのに、自分の身内だと名乗ったようだった。


 ……あんな身内、居るわけない、と思ったのだが、彼女らは、

「そうなんだー。

 どうりでねー。


 格好いいと思ったのよ、君」

と勝手に盛り上がっている。


 いや……俺と長谷川沐生は似ても似つかないし。


 似ていれば、晶生も少しは自分に興味を抱いてくれたかもしれないのに。


 子どもの頃から、そこそこモテていたような気はするのだが。


 晶生が自分に全然そういう意味では興味がないのに気づいていた。


 なんかちょっとむなしくなってきたな、と視線をそらすと、廊下を歩いてくるおじいさんが見えた。


 淡いブルーの浴衣のような病院の寝間着を着て、廊下をゆっくり歩いてくるおじいさんに、看護師たちは声もかけることもなく、笑っている。


 いや、彼女らには、位置的に見えていないだけなのか?


 ……生きてる?


 生きてない?


 生きてるっ?


 どちらにしても、こちらを見もせず、一点を見据えて歩いているおじいさんは怖かった。


 慌てて、

「あ、眠くなりました。

 ありがとうございました」

と早口に言って、その場を去る。


「高校生って可愛いねー」

というお姉さま方の声が後ろから聞こえてきていたが、そちらを見れば、おじいさんも一緒に視界に入ってしまうので、振り返る勇気はちょっとなかった。








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