業務連絡か……
スタジオの隅に居た沐生は、床の上に置いていた荷物の中で、なにかが震える音を聞いた。
スマホだった。
晶生にそんなもの買うなんて浮気してるのかと理不尽なケチをつけられたスマホだ。
見ると、その晶生からメールが来ている。
兄妹として暮らしていたこともあるほど近くに居たのに、晶生からメールが来ただけで、なんとなく緊張してしまう。
だが、開けてみると、
「笹井さんのサインもらってきて」
とだけ書いてあった。
短い……。
業務連絡か。
せめて、ハートマークでもつけてみないか、晶生、とその画面に映る少ない文字を見ながら思っていたが。
そんなこと言おうものなら、じゃあ、沐生もつけてよ、と言い返されてしまうので、言えない。
っていうか、お前、何故、俺がこれから笹井さんと一緒に収録なことを知っている。
さては、今、此処に居ない俺のマネージャーと一緒だな、と思った。
あいつ、一体、誰のマネージャーなんだ……と隙あらば、晶生に張り付いている堺のことを考えていたとき、誰かが自分のスマホを覗いているのに気がついた。
顔を上げると、男の霊だった。
AD風の格好の霊がスマホを覗き込んでいる。
霊……
霊だよな?
不安になり、固まる。
晶生か堺が居たら訊けるのだが。
だが、晶生は自分と似たり寄ったりだから、
『霊じゃないわよ』
と言って、霊だと言うことも充分にありうるし。
堺に至っては、霊だとしても、
『霊じゃないわよ』
と平気で嘘をつきそうだし。
結局、誰も当てにならないじゃないか……と思っていると、返事を打つ前に、晶生からまたメールが来た。
「真田くん、霊が見えるようになたよ」
……短い。
そして、「なたよ」って、ナニ人だお前は……。
きっと打ったあと、読み返してもいないのだろう。
汀からの業務連絡の方が注意書きが多い分、長いくらいだ、と思い、その画面を見つめていたが、ふと思いつく。
ようやく、その内容が頭に入ったからだ。
次の移動の時間に、と顔を上げたとき、笹井がスタジオに入ってきた。
目が見えないことになっているので、こちらに気付けない笹井に向かって歩き出しながら、声をかける。
「笹井さん」
「ああ、沐生さん」
先に声をかけられて、ホッとした風な彼に向かい、両手を差し出しながら、言った。
「サインください」
「えっ?」
そこにですか? と言いかけた言葉を笹井は飲み込む。
見えないことになっているからだ。
鞄の中に、台本以外の紙類がなかったので、思わず、バックの中の未開封のカップ麺をつかんでいたのだ。
「サインください」
「わ……わかりました」
と笹井は持っていたらしい黒いペンで小器用にサインしてくれる。
食べられるし、サインも見られるし、喜ばれるかな、とちょっと思ってしまったのだが。
何故か、頭には、もうーっ、と飛び跳ねて怒る晶生の姿が浮かんでいた。
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