夕食ですよー





 晶生たちが去り、林田も去ったあと、

「夕食ですよー」

という声とともに、真田の病室の扉が開いた。


 看護師が食事の載ったトレーを持ってきてくれたようだった。


 本当は廊下まで自分で取りにいかないといけないのだが、今日は、頭を打ってすぐということもあり、持ってきてくれたようだった。


 若く可愛らしい看護師の全身を、真田は思わず、観察する。


 足、あるな。


 制服もピンクだ。


 晶生が居たら、ピンクでも新しい霊かもしれないじゃん、と言ってくるところだろうが。


 でも、食事、運んできてくれたし、生きた看護師に違いない、と判断したあとで、真田は、

「ありがとうございます」

とぺこりと頭を下げた。


 あら、と山崎というその若い看護師は、少し嬉しそうな顔をする。


 ベッドの上の白い台にトレーを置きながら、

「高校生の男の子にこれじゃあ足らないかしらね。

 食事制限はないから、なんでも食べてもいいわよ」

と言って、じゃあ、と忙しそうに出ていった。


 扉が閉まり、一人になると、ほっとする。


 誰か入ってくるたび、この人、霊かなーと思ったり、扉が開くたび、後ろに見えてる人、霊かなーと思ったりしなくてもいいからだ。


 晶生や長谷川沐生はよくやってるなーと思いながら、あの点滴スタンドの方を見る。


 今はあの霊は居ないようだった。


 もしかしたら、居るのに、自分がもう見えなくなっているだけなのかもしれないが。


 そんに楽観的なことを考えながら、慣れない静けさにテレビをつける。


 いつもなら、部活をしている時間だ。


 夕暮れどきって、ほんとはこんなに静かなんだな。


 ひとりで夕陽の差し込む病室に居ると、らしくもなく、感傷的な気分になってしまう。


 そういえば、晶生はたまに、ぼんやり夕陽を見てるな、と思い出した。


 いつもは間が抜けている晶生だが、そんなときの表情は憂いを帯びつつも、引き締まっていて、美しい。


 黄昏の光は、人生の黄昏時をも思わせるのか、いろいろと昔のことなど思い出していたが。


 そもそもが長く感傷に浸っていられるような人間ではない。


 暇だな、とすぐに思ってしまった。


 動けないって、こんなに暇なのかー。


 そのとき、ふと、あの人、どうしているだろうな、と思った。


 自分を突き飛ばして逃げたあの女の人。


 きっと今頃、怯えながら、新聞やニュースを見ていることだろう。


 車道に突き飛ばした自分がどうなったのか、彼女は確認していないはずだから。


 高校生が突き飛ばされて重傷とか死亡とか。

 そういうニュースがないかどうか、確認しては、ほっとしているに違いない。


 元気だと教えてあげたい、と思ったが、それも無事だったからこそ、思えることだろうな、とも思っていた。


 死んでいたら、俺も彼女の許に祟って出ていただろうか。


 ……祟るってどうやるんだろうな、と思いながら、今は誰も居ない点滴スタンドの前を見る。


 あの看護師の霊もなにかに祟って出ているのだろうか。


 それとも、なにか心残りでもあって、同じ行動を繰り返しているのだろうか。


 いつもよりもずいぶん早い夕食を取りながら、真田は思った。


 どうでもいいけど、ケーサツや友達は来るのに、親、来ねえな……。


 最初に家族全員で来て、

「いやー、無事ならよかったよかったー」


「ちょっと用事があるから、荷物そろえて、また来るわねー」

と言って帰ったぎり、誰も来ない。


 ……薄情にも程がある、と思いながら、真田は、味付けの薄いカボチャの煮物を口にした。







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