じゃあ、そいつは霊だな





 車の中で、堺が騒いでいるのを聞きながら、晶生が空を見上げていると、携帯が鳴り出す。


 堀田だった。


「どうしたんですか?」

と訊くと、


『今、何処だ、嬢ちゃん』

と堀田は訊いてくる。


「駐車場です」

と言うと、まだ居たのか、と呆れられた。


「いや、だって、運転手さんが全然出発してくれないんですよっ。

 っていうか、顔近いんですけどっ、堺さんっ」

と電話の声をもれ聞こうとしている堺の額を押して遠ざける。


『いちゃついてないで、ちょっと来い。

 坊っちゃんが大変だ』


 ええっ?

 容体が急変したとかっ? と思ったが、それにしては、堀田の口調に焦った様子がない。


 まあともかく行ってみよう、と携帯を切ると、いきなり堺が文句を言い始めた。


「ちょっと!

 なんで、堀田さんに携帯の番号教えてんのよっ。


 私にだって、なかなか教えてくれなかったのにーっ」


 なんで、あんなおっさんにーっ、とわめき始めるので、

「いや……おっさんなんだからいいじゃないですか」

と言って、シートベルトを外すと、


「何処行くのよ。

 私も行くわよっ」

と言って、堺も一緒に降りようとする。


「堺さん、その人はもういいんですか?」

と晶生は振り向き、後部座席を指差した。


 そこではまだ、男が土下座をしている。


「……私がやりました……」


「なにをですか?」

と訊くと、堺が、


「余計なこと訊かなくていいのよ、晶生っ。」


 さっ、降りてっ、と急かしてくる。


 いや……堺さんがなにかやったわけじゃないですよね。

 一体、なにがそんなにやましいんだ、と思いながら、晶生は外に出た。


「ほら、行きましょう」

と何故か堺の方が先に立ち、歩き出す。


 あの霊はついて来てはいないようだ。

 車の中にも居ないように見える。


 自分たちが降りたら、霊も消えた。


 霊には二つのタイプが居ると思う。

 なにか訴えかけたいことがあって、人が居れば現れる霊。


 それと、人が居ようが居まいが、勝手に自分のやりたいことをしている霊だ。


 この霊は前者だな。


 ……堺さんに言いたいことがあるのなら、何故、今、付いて来ないのか。


 そして、何故、『私がやりました』以外のことを言わないのか。


 気になりながらも、晶生は病室へと戻った。







「ははあ。

 この看護師さんですね」


 さっきは居ませんでしたが、と晶生は真田の点滴スタンドの前で、なにかを書いている看護師の背を見る。


 さっきから、点滴を確認しては、書き込む、という動作を繰り返しているようだった。


「……なに書いてんだ? この人」

とベッドの上で、出来るだけ看護師の方から離れながら、真田が訊いてくる。


 晶生はひょいと特にこちらを気にするようにもない彼女の手許を覗き込み、

「田中さんという人のカルテみたいよ。

 時間とか、薬の名前とかいろいろ書いてある」

と言うと、


「じゃあ、前、此処に居たの、田中さんって人なのかしら?」

とこの霊とはあまり波長が合わないらしい堺が言ってきた。


 まあ、あの土下座の霊がとり憑いてるから、他が見えにくくなってるのかもしれないが。


「いや、そういう人が実在したわけじゃなくて、カルテはこの人の中のイメージだけのものかもしれませんけど」

と言うと、戻ってきていた林田が、


「もしかして……このカルテに名前が書かれたら、死ぬのかもしれませんよね……」

と自分は見えないのをいいことに、真田を怖がらせようとそんなことを言い出す。


 晶生は、

「じゃあ、林田って書いときましょうか。

 堺さん、ペンないですか?」

と振り返る。


 やめてくださいっ、と林田に叫ばれた。


「ペンね、了解」

と堺は本当に出そうとする。


「あら、ないわ。

 忘れてきたみたい。


 命拾いしたわね、林田さん」

と林田曰く、残念なその美貌で林田に微笑みかけていた。


「ペン持ってないとかあるんですか?

 手帳とペンって、マネージャーさんの必需品かと思ってました」

と晶生が言うと、


「そうねえ。

 でも、今、なんでもスマホにメモとか出来るから。


 私は仕事用のスマホ持ってるし。

 あら、晶生はまだガラケーだったわねーっ」

と堺は何故か勝ち誇る。


「……いけませんか、ガラケー。

 メモ出来るんですよ、ガラケー。


 スケジュール帳もあるし、お財布携帯もあるし、一個前の機種は、ワードもエクセルも使えましたよ」


「まさにガラパゴスだな」

と少し顔色が良くなった真田が言う。


 見えているのがひとりではない、ということで、少し落ち着いたのかもしれない。


「霊が見えるのは、たぶん、頭を打ったことによる一時的なものじゃない?

 気にしないようにしてたら、そのうち見えなくなるわよ」


「そのうちっていつだよ。

 此処、病院だぞっ」


「いやあ、病院じゃなくても、何処でもいっぱい居るよ」


 同じことだと、晶生が切り捨てるが、真田の顔色は再び、悪くなっていった。


 晶生は溜息をつき、

「じゃあ、これをあげるわ」

とスカートのポケットから、お守りを取り出し、真田の手に握らせた。


「うちの神社のお守りよ」


「……あのじいさんが祈祷したやつか」


 いらないんなら返して、と言うと、真田は何故か両手でそのお守りを握りしめたあとで、枕の下にしまっていた。


「真田くん、くれぐれも霊と人を間違えて話しかけないようにね。

 見た目、生きてる人間と変わらない霊も居るから」


 首がポッキリ折れたまま歩いてたりしたら、さすがにわかるだろうが。


「それ、どうやつて見分けるんだよ」

と言われ、


「……普通の人にしては、挙動が不審なのが霊かな?」

と言うと、


「じゃあ、お前と堺さんと、長谷川沐生は霊だな」

と真田が言い、林田が笑った。


 ……お守り返して、真田くん。








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