一体、なんのまずいことが……
「もう一生会えないかと思ってたわ」
車に乗るなり、堺はそんなことを言い出した。
……何故ですか、と思っている晶生の横で、堺はハンドルを握ったまま発進せずに、乙女のような顔で言ってくる。
「さっきまでの私はマッチ売りの少女だったのよ」
まあ、そこは少女でいいか、と晶生は思った。
マッチ売りの男じゃ不気味だもんな。
現実には、服の上からだと細身に見えるマッチョな男、なのだが。
「あそこに晶生が居るのに、側に行けないっ、と思いながら、私、此処から病院を見上げていたの。
だけど、思い切って、車から一歩降りてみたら、その瞬間に、あれが消えたのよっ」
「あれってなんですか?」
そう訊いた晶生に、堺は機嫌よく肩を叩きながら、
「いやあね。
過ぎたことはもういいじゃないの」
と言ってきた。
「せっかくだから、なにか美味しいものでも食べに行きましょうよ」
と言う堺に、
「いやあの、たぶん……過ぎてないと思いますよ、『あれ』」
と晶生は後部座席を指差す。
そこには、土下座している男の霊が居た。
いやーっ!
なんなのーっ!
と堺が絶叫する。
「いきなり消えたから、やっぱり私には関係なかったんだと思ったのにーっ!」
そうか。
なにかいろいろと思い当たるやましいことがあるから、来られなかったんだな、と晶生は思った。
一体、なんのまずいことが……と思う晶生の側で、堺は自らおのれの悪事を暴露しながら、あれかしら、これかしら、と騒いでいる。
なので、霊の正体を考えるのは堺に任せ、晶生は窓の外を見た。
私には土下座している霊より、こっちの方が気になるんだが――。
もう梅雨も近いのに、雨が降る気配がない。
嫌な季節が来る。
夏が来る。
昔はなにもかもが鮮やかに見える夏が好きだったが、今は来るたび、ぞっとする。
「……今すぐ、学校辞めて修行の旅にでも出たいなー」
と雲ひとつない空を眺めて呟くと、そこだけ聞いていたらしい堺が、
「なんの旅っ!?
なんの修行っ!?
私も行くわっ」
と言ってきた。
いや、堺さん、仕事してください……。
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