うっかり探偵始めました IV


 



 ドラマは待ち時間が多い。


 沐生は一応、頭に入れてきている台本を大道具の陰にあった椅子に座り、確認していた。


 そういう狭い場所の方がなにやら落ち着くのだ。


 堺に言わせれば、

『やだーっ。

 貧乏くさーいっ。


 やめてよ。

 イメージ狂うからーっ』

と騒ぎ出すところだろうが。


 だが、その堺は、今、自分の目の前を携帯片手に行ったり来たりしている。


「なにしてるんだ?」

と顔を上げ、訊くと、


「番号教えたのに、晶生ちゃんから全然、電話がないのよーっ」

と言ってくる。


 してくるか。


 万が一にも、してきたら、俺が電話番号ごと消去してやる、と思いながら、スタジオの隅を行ったり来たりしている非常に迷惑なマネージャーを眺める。


 最近、また家に帰れていない。


 それでいいはずだった。


 晶生とは距離置いた方がいい。


 ずっとそう思っていたのだが。


 離れている間に、堺だの、真田だのがウロチョロし始めたので、なんだか放っておけなくなった。


 あの遠藤とかいう気障な詐欺師も居ることだしな、と思う。


 まあ、あれは霊なのだが、晶生に関しては、生きている人間とそうでない人間の線引きが怪しいので、一応、あれも警戒している。


 ……警戒するだけで、なにも出来てはいないのだが。


 そのとき、音が鳴らないようにしていた自分のスマホが震えた。


 この間、携帯が壊れてしまったので、仕方なくスマホに変えたのだが。


 晶生に何故だか冷たい目で見られてしまった。


 まあ、ちょっとわかる気がする、と思う。


 最新のスマホに変える。


 浮気だわ、という構図は。


 自分もその勢いで妄想が突っ走る人間だからだ。


 晶生は連絡が取れればいいやという人間なので、古い携帯を使っているが、あれがいきなりスマホに変わったら、俺も浮気を疑うな、と思っていた。


 見ると、晶生からメールが入っている。


『暇?』


 相変わらずの短すぎるくらい短いメールだ。


 此処から愛を読み取るのは難しい。


 ……いや、お前、暇なわけないだろう、と思ったが、それはこっちの都合だった。


 サラリーマンと違い、時間がさっぱり読めないので、意外な時間帯が暇だったりするから、こういう訊き方なのだ。


『暇じゃない』

と打とうとして迷う。


 そう言ったら、晶生のことだ。


 あ、そう、とあっさり別の人間に用事を振りそうだからだ。


 迷って、

『少しだけ暇だ』

と入れたら、送信する前に電源を切られた。


 堺だった。


「あら、沐生。

 スタジオで携帯鳴らさないでよ」


 じゃあ、お前のその手にある携帯はなんなんだっ!?

としっかり片手でつかんでいる堺の携帯を見た。


 晶生に返信を打っていると気づいて音もなく来たのだろう。


 恐ろしい勘だな……と横目に見ながら、堺が、

「おはようございますー」

と遅れて入ってきた役者に挨拶している間に電源を入れた。


 その音が堺にも聞こえているだろうな、と思いながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る