わたし、やりました…… I
晶生に呼ばれ、ちょうど空き時間になったので、沐生は例のホテルに来ていた。
スタジオから近かったから来られたというのもある。
「久しぶりだな、遠藤」
と微妙に遠藤より上の位置に立ち、彼を見下ろし言うと、遠藤は彼より少し下に腰掛けている晶生を見下ろし、
「……無駄に偉そうだな、お前の彼氏は」
と言っていた。
いや、彼氏とか。
人様にそう言われたこともないので、嬉しくないこともないが。
よく考えたら、俺が先に遠藤と知り合ったのに、何故、晶生基準だ、と思わなくもない。
先に知り合った俺の彼女として、晶生、という認識だろう、普通は。
……まあ、彼女かどうかは怪しいところだが、と思っていると、晶生が、
「今日、目の前で人が殺されかけたのよ」
とこちらを見上げ、言ってくる。
もうなにがあっても驚かんな、と思っていたので、つい、ふーん、と流しそうになった。
「……死んでないのか?」
と訊くと、
「今のとこ」
と言う。
「現場に堀田さんたちが来てたから、なにかあったら、教えてくれると思うけど」
と言うので、
「じゃあ、林田も居たのか。
林田に気をつけろ」
と言うと、なんでよ、と言う。
「あいつ、お前に殺人事件の推理をさせるために死体を作り出しかねない男だからな」
晶生は苦笑いし、また、
「なんでよ」
と言った。
「それに、殺人事件なら前回あったわ」
いやあれ、勝手に解決したようなもんだろうが、と思う。
だが、あのあっさり解決した事件のあと、晶生はなにか考え込んでいるように見えた。
あのとき、なにかあったのかもしれないなと思う。
堺のことで、意味深なことを言っていたのが、気になるが。
……まあ、いろんな意味で。
「あら、ねえ、沐生は?」
鳴らないかなーと儚い願いをかけながら、携帯を握っていた堺は、他のマネージャーたちと話している間に、沐生が居なくなったのに気がついた。
「沐生さんなら、出て行かれましたよ、さっき。
多田さん待ちで、二時間くらい時間空いたんで」
と顔見知りのスタッフに言われる。
えーっ、多田さん、またなのーっ? と叫んだあとで、さては、やっぱり、さっき、晶生に送信したわね、と思う。
「すみません。
私、ちょっと出てきますねー」
「はーい。
行ってらっしゃーい」
とケータリングの夜食を役者に取り分けながら、マネージャー仲間が言う。
まったくもう。
油断も隙もないんだからっ、と思いながら、廊下に出たとき、それは居た。
男が廊下のど真ん中で土下座している。
思わず、足を止めたが、
「お疲れ様でーす」
とダンボールを手にしたADが、忙しげに、その男を踏んでいく。
……生きてない? この男。
めちゃくちゃはっきり見えてるんだけど。
白いTシャツにジーパンという、なんの特徴もない背中を見ながら、知らんぷりして行っちゃおうっと思ったとき、頭を下げたまま男が言った。
「わたしがやりました……」
その重々しい口調に、なにをっ? と堺は固まる。
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