そこに居ます IV

 



 店の中を見回す田所は、運ばれてきた濃厚なザッハトルテには手をつけてはいなかった。


 そのせいでもないのだろうが、若い女の店員がカウンターの辺りから、こちらを窺っている。


「……可愛いお店ですね。

 真奈美が好むはずだ」


 そう呟く田所に、

「美味しいですよ。

 食べてみてください。


 男の方もよく来られるみたいですよ、此処。


 どっしり濃厚で甘い物好きな人が満足できる一品が多いからですからね」

とメニューの講釈を始めると、横に座る堺が笑う。


「晶生、今度はレポーターにでもなるつもり?」

と。


 田所も笑っていた。


 そのとき、おっと、と晶生は手を滑らせて、グラスを倒してしまった。


「あーあ」

と言っていると、堺が、


「なにやってんのよ、もう。

 子供じゃないんだから」

と言いながら、拭いてくれようとして、


「あら、ハンカチがないわ」

と言う。


「……堺さん、なんだって、そんなとこだけ、女の人じゃないんですか」

と言うと、


「じゃあ、あんた、持ってるの?」

と言ってくる。


「今日はうっかり持ってませんよ」


「あんたにだけは、女っぽくないとか言われたくないわねえ」


 拭きもせず揉めている二人に、田所は、まあまあ、と言いながら、自分のハンカチを出してきた。


「いや、そんな高そうなので拭けませんから」

と断っていると、さっきの店員さんが台拭きとタオルを持ってきてくれた。


「すみません。

 ありがとうございます」

と言いながら、晶生がテーブルを拭いていると、堺が、


「なにやってんのよ。

 こっちは私が拭くから、あんた、制服拭きなさ……


 いや、待って。

 私が拭くわ」

と言い出す。


 いやっ、待ってくださいっ、と晶生は台拭きを持っていない方の手で堺を止めた。


「なんかセクハラっぽいですよっ。

 拭かないでくださいっ」


「あら、なに言ってるのよ。

 スカートかなり濡れてるじゃない。

 いっそ脱いだら?」


 だから、なんでこんなときだけ、女っぽい喋り方で油断させようとするんですか、と思いながら、

「此処でですかっ。

 正気ですかっ」

と叫んで、揉めていると、田所が、後ろのカウンターの陰にあるセルフサービスのおしぼりを幾つか持ってきてくれた。


「大丈夫ですか?」

と訊かれる。


「だ、大丈夫です。

 それより、このセクハラするおにいさんを取り押さえてください」

と言うと、


「あんたこそ、私を都合よく男にしたり、女にしたりしないでよ。

 ねえっ?」

と堺は店員の方を見ながら訴えていた。


 は、はあ……と彼女はついていけずに、曖昧な笑顔を返してくる。


 そのとき、田所の携帯が鳴って、

「ちょっと失礼」

と言って、田所は出て行ってしまった。


 堺が拭くを手を止め、訊いてくる。


「……こんな古典的な手を使って、なに企んでんのよ、あんた」


「いや、別に」

と言うと、店員が振り返りながら、


「あの方、この間、ダムで殺された方のお父さんですよね」

と言ってきた。


 え?

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