そこに居ます I

 


 うーむ。

 いきなり大物を釣ってしまった気がする、と晶生は思っていた。


「田所真奈美よ」

とあの婚約者の女は名乗っていた。


 そういえば、面差しが似ている気がする。


『晶生……』


 あの霊は、これを教えてくれようとしたのだろうか。


 まさか。

 私の味方をしてくれるとも思えないが、と思いながら、


「わかりました。

 田所さん。


 でも、此処には貴方がお探しの霊は居ない気がします」

と言うと、えっ? と言う。


「貴方と関係のある霊は、今、此処には居ません。

 ……私に引っ付いてるのとか、あの車に引っ付いてるのとかは居ますけどね」

と後ろのタクシーを指差すと、澤井が、やめてください~っ、と言う。


「そうですか」

という田所の表情は硬い。


 今、細かい話をさせるのもな、と思い、

「後日ゆっくり話を伺わさせていただきたいんですが」

と言うと、田所は名刺を出してくる。


 自宅の番号を教えてもよかったのだが、

「すみません。

 こちらに連絡してください。


 代理のものが出ますので」

とちょうど持っていた汀の名刺を渡した。


 俺はお前のマネージャーじゃないぞ、とあとで汀に切れられそうな気もしたが。


 堺だとめんどくさいことになるし、あまり素性は知られたくない。


 自分と凛が友達なことは、まだ伏せていた方がいい気がしたからだ。


 まあ、制服でバレてしまうかもしれないが。


 名刺を見た田所が訊いてくる。


「芸能プロダクション?

 霊能者の方ですか?」


 うーん。

 まあ、霊能者でも芸能プロダクションに所属してる人も居るか、と思いながら、

「いえ、昔、モデルをやっていたので」

と言うと、


「えっ?」

と声を上げたのは、何故か澤井の方だった。


「そうなんですかっ?

 そういえば、そんな感じですねっ」


 どんな感じだ……。


 横から田所の手にある名刺を覗き込んだ澤井は、

「あっ。

 長谷川沐生と同じ事務所じゃないですかっ」

と言ってくる。


「僕、何度かあの事務所の人、乗せたことあるんですよ」

と何人か知ってるタレントの名を挙げてくる。


「サインくださいっ」


「えっ?

 その人たちの? 沐生の?」


「呼び捨てするくらい親しいんですか?

 沐生さんとっ」


 ……まあ、一応、兄だしな、と思っていると、

「って、そうじゃなくて、貴方のですっ」

と澤井は言ってくる。


「いや、今、モデルはやってな……」

と断りかけたのだが、なにか目線に押されて、久しぶりにサインしてしまった。


「あれっ?

 ちょっと違ったかな?」

と澤井の手帳にサインを書きながら、自分で小首を傾げていると、


「名前入れてください。

 澤井さんへって」

と勢い良く言ってくる。


 はいはい、と苦笑いしていると、田所も笑っていた。


 よかった。

 少し表情が柔らかくなった気がする、と思いながら、澤井にサインを渡し、

「では、また後日。

 ご連絡致します」

と言うと、わかりました、と娘と変わらない年の小娘に、田所は深々と頭を下げてきた。




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