霊の居処 VII


 


「あ、あの~」

と澤井は頑張って声をかけてみた。


 年配の男がガードレールのところから、林越しにダムを見ている。


 男は、白髪交じりの髪を品良く整えている。


 うちの親父とかとはちょっと違う感じだな。


 旦那様、とか呼ばれてそうな感じ、と勝手に思う。


 呼びかけてみても、男からの反応はなかった。


 だが、男からは確かに生きて呼吸している気配を感じた。


 えーと。

 なんで返事がないだろう。


 聞いてない?


 それとも、やっぱり霊だから?


 ダムになにか思い残すことがあって見つめてるとか?


 えーと。

 この先、どうしたら?


 助けを求めて振り向いてみたが、あの少女は車の側で腕を組み、自分の足許を見つめている。


 送り出しといて、丸投げ!?

とは思ったが、その瞳や表情には、いまどきの高校生とも思えない落ち着きと神秘性があって、それを眺めていると、つい、不満も消えてしまう。


 それにしても、綺麗な子だな、と改めて思ったとき、誰かが自分に呼びかけてきた。


「あの」


 ひっ、と身をすくめながらも振り向く。


 側に居る男がこちらを見ていた。


 まあそうか。

 真横でぼんやりしている人間が居れば、普通、声かけてくるよな、と思いながら、


「あ、あの、こんばんは。

 なにされてるんですか?」

 なんとなくそう訊いてしまうと、男は少し笑い、


「いえ。

 ダムを眺めてたんですよ。

 月を映して綺麗ですよね」

と言う。


 なるほど。

 男の視線の先を追うと、細い木々の隙間に、月を水面に映して揺れるダムが見える。


 なんだ。

 単にダムを眺めていた人なのか?


 写真を撮る人とか?


 カメラ持ってないけど、アングルだけ決めに来たとか。


 そうだ。

 そうに違いない。


 そう結論づけ、去ろうとしたとき、真後ろで違う声がした。


「こんばんは」


 可愛らしい声だ。


 あの女の子が立っていた。


 今、歩いてくる音しなかったけど、本当に霊じゃないのかと怯えながらも、

「来れたんですか?」

と訊いてみると、


「霊がちょっと離れたから」

と彼女は言う。


 平然としたその態度が余計怖い。


「……霊?」

とそのカメラが趣味の紳士、と勝手に自分が思っている男が訊き返してくる。

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