それが目当てじゃありません I
「沐生はもう帰りなさいよ、そろそろ仕事でしょ」
そう言う堺を、お前は仕事場について来ないのか、という顔で、沐生が見ている。
「私は晶生をそのスイーツの店まで連れていくから」
「どっち優先だ」
揉めている二人を晶生は少し離れて眺めていた。
側には堀田が居る。
「堀田さん」
と晶生は沐生たちを見たまま呼びかけた。
「最近、私も少し揺らいでるんですけどね。
今回、大事なのは、犯罪を実際に犯したかじゃなくて、犯してると思ったかどうかですから。
ちょっと行ってきますよ」
堀田は黙ってこちらを見ているようだった。
結局、沐生はひとりで帰らされ、晶生たちは、堺の車に乗って、そのスイーツの店に行くことになった。
今日行っても、その婚約者は居ないと思うが、場所だけでも訊いておこうと思ったのだ。
まあ、場所だけでもというか、味だけでも確かめておこうというのもあるが……。
「この車、ナビがないのよね。
案内してね、凛ちゃん」
と後部座席に真田と座る凛に堺が言った。
「これ、会社の車ですよね?
汀にケチるなって言ったらどうですか?
っていうか、凛が助手席に乗ればいいんじゃない?」
と助手席の晶生が振り返り、凛に言ったのだが、横から堺が、
「やだ」
と言う。
「なんですか、もう~。
駄々っ子みたいなんだから」
後部座席の真田はなんだかわらかないが、面白くもなさそうな顔で窓の外を見ている。
勝手についてきて、勝手に機嫌が悪くなるとかこれ如何に。
こいつ、沐生と帰らせればよかったな、とちょっと思った。
凛に店の場所と店名を聞いても、堺は、ふうん、と言うだけなので、凛が、
「堺さんって、スイーツとか詳しそうですけど」
と言うと、堺は、
「え、なんでよ」
と言う。
「イメージですよ、イメージ」
そう晶生が言うと、
「莫迦だな、なんで、女っぽいとスイーツが好きって話になるんだよ」
と言ってくる。
「……なんでそこだけ男の人になるんですか」
凛が笑う。
ちらと振り返ると、遠ざかるダムの周りの林が見えた。
夕暮れのダム沿いの道。
あまり車の通らないそこをゆらゆらと揺れながら、黒い人影が歩いてくる幻を見る。
何処まで車が走っても、ふらふらしているだけで、進んでいないかのように見えるその影が離れない。
だが、それは幻か、自分とはまったく関係のない霊だと知っていた。
だって、本物は此処に居るから。
振り返り後ろを見る自分の背中に、冷たい水の気配が、ぴたりと張り付いていた。
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