ちょっとめんどくさいダムの殺人 II

 


 沐生の車に乗せてもらって学校に行った。

 いつもと変わらない教室。


 落ち着かないのは私だけだな、と晶生は思ったが、ちょっとちょっと、と自分を廊下から呼ぶ人影があった。


 秋村凛あきむら りんだ。


「おい、何処行くんだ? 授業始まるぞ」

とたまたまそこに居た真田が声をかけてきたが、いや、ちょっと、と言い置いて、凛の方に行く。


 どうもこの話は長くなるような気がしていた。




「こっち来て」

と言う凛に連れられ、晶生は、階段を上がろうとしていた。


 だが、ちょうど廊下を来る担任の小林が見えた。

 それに気づいた凛が、早く、と手を引く。


 少しくらいサボっても、優等生の凛が、ちょっと具合が悪いんです、と言えば信じてもらえるだろう。


 だから、今、逃げたのは恐らく、それでではない。


 晶生は、そのまま、連れられ、屋上に行く。

 風が強いな、と思いながら、下を覗く晶生に凛が訊いた。


「晶生、下見て怖くないの?」


「水がないから大丈夫」

と言うと、凛は一瞬黙った。


 晶生、と凛は晶生の手を取り言う。


「頼みがあるの。

 もしも、私になにかあったら――」


「なにかって、あれのこと?」

と晶生は入り口を指差した。


 開いたままの屋上の扉のところに、林田と堀田が立っていた。


「秋村凛」

と堀田が呼ぶ。


「待ってください、堀田さん」

と晶生はそれを止めた。


「あとで、私がついて自首させますから」


「私が犯人じゃないわよっ」

と凛が悲鳴を上げる。


「私は私がもし、警察に連れて行かれたら、真犯人を探してってあんたに言おうと思ってただけよっ」


「……わかってるわよ、そんなこと」

と晶生は腕を組んで言った。


 ニュースを見たとき、最初はダムしか目に入らなかったのだが。

 そういえば、今の医大生、何処かで見たなと気がついたのだ。


 以前、凛の家庭教師をしていた彼女の秘密の恋人、篠塚耕史しのづか こうじだ。


 篠塚には別に婚約者が居る。


 凛とは、もともとそんなに親しくはなかったのだが。

 お互いの中にある秘密の匂いを感じ取り、一気に親しくなったのだ。


「私は犯人じゃないわ」


「わかってるわよ。

 あんたなら、もっと賢い殺し方をするし、それに――」


 晶生はそこで言葉を止めた。

 堀田たちが居たからだ。


 さっき、小林の姿を見て、凛が逃げ出したのは、このためだったのだ。


 具合が悪いから風に当たってくると言い逃れることはできただろう。


 だが、それだと、凛が何処に居るのか、警察にすぐに知れてしまうから。


 まあ、どのみち、簡単にたどり着いたようだが。


「犯人じゃないなら、屋上とか崖の上とか、追い詰められそうなところに行かないでよ」

と言うと、


「わかったわ。

 今度から、地下に潜るわ」

と言ってくる。


 それもどうなんだ、と思っていると、

「秋村さん、今回は、ちょっと話を伺うだけですから」

と林田が言ってくる。


 今回は、というところが気になった。

 凛もそうだったようで、手すりに向かい、後退する。


「凛、大丈夫よ。

 私が真犯人を探してみせる」


「晶生……」

と手すりを掴んだ凛がこちらを見つめてくる。


 殺人犯に頼むなよ、とは思っていたが。


 凛を林田に受け渡しながら、

「まさか、林田さんが用意した死体じゃないでしょうね」

と晶生は彼を睨む。


 以前、今度は、死体を用意するから、犯人を教えろ的なことを言っていたからだ。


「まさか」

 はは、と林田は笑って誤魔化そうとしたが、堀田にじろりと睨まれていた。




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