夜道
「誰も車で来てないとはねー」
そう言う堺と晶生と、三人で並んで夜道を歩いた。
時折通る車はあるが、静かなものだ。
「俺は車はない」
「私もあるわけないじゃない。
堺さん、なんで車で来てないのよ」
と言った晶生に、堺は、
「あれ、事務所の車だから、私用では使えないの。
私、電車通勤だし」
と反論していた。
ぐだぐだ言いながら、三人は明るい駅の方に向かって歩いていく。
電車はなくとも、タクシーくらいは居るかもしれないと思ったからだ。
「そうだ。
この先に、遅くまでやってる美味しいたこ焼き屋があるって、雑誌に書いてあったわ」
と突然、晶生が言い出す。
「堺さんの奢りね」
ええっ、と晶生の言葉に堺が振り向く。
「私、さっき、あんたになにか奢れって言ったはずよね?」
と言う堺の口調はもういつも通りに戻っていた。
「あんた、かばって、ガラスが首に刺さって死ぬとこだったんだからっ」
「……いや、そのガラスで私を殺そうとしたの、誰でしたっけね」
晶生はそう言うが、堺が晶生を殺すはずもないし、脅すはずもない。
絶対、あれは晶生に抱きつきたかっただけだ、と沐生は思っていた。
晶生が少し前を歩き、携帯でたこ焼き屋の場所を確認していた。
「そうだ。
携帯の番号教えなさいよっ」
「嫌ですよー。
イタズラ電話とかかけて来そうだから」
「そんなことしないわよ。
デートに誘うだけよ」
それ、ある意味、イタズラ電話ですよー、と二人は言い合っている。
そのうち、堺ひとりが歩調を緩め、自分が追いつくまで待っていた。
「マネージャー、続けてもいい?」
そうそっと訊いてくる。
「珍しいな、俺に意見を聞くとは。
いつもやりたかったら、なんでも勝手にやってるだろ。
俺に断りもなく、嫌な仕事も取ってくるし」
と言うと、笑う。
それが了承の言葉だとわかっているようだった。
「沐生、私があんたを殺さなかったのって、やっぱり愛よね」
はあ? と言いたくなるようなことを急に言い出す。
「事件が知れるとしたら、なにかを見ていそうなあんたからだけ。
それでも殺さなかったのは、たぶん、私があんたを好きだからよ」
あんたの演技が好きよ、と堺は言った。
「あんた自身は、生意気な小僧だけど。
どんな憎まれ役をやっても、あんたがやると、その役をなんだか嫌いになれないのよね。
本当にいい役者だと思うわ」
あんたを殺した方がいい理由がいっぱいあったのにできなかった、そう言う堺に、
「違うよ」
と沐生は言った。
「お前が俺を殺さなかったのは、お前が晶生をお前が思っている以上に好きだからだ。
お前は、単に、晶生が泣くところを見たくなかったんだ」
俺を殺さなかった理由はそれだけだと告げると、ふん、と堺はいつもの顔で笑ってみせる。
「突然、うぬぼれたわね。
あんたが死んだら、晶生は泣くんだ?」
……まあ、改めて問われると、ちょっと自信がなくなるが。
堺はちょっとだけ笑って、足を速めた。
晶生に追いつき、その肩を引っ張る。
うわっ、とよろけた晶生の顔に向かい、言った。
「ねえ、やっぱり、ラーメンにしない?
お姉さんが奢ってあげるから」
「誰がお姉さんですか。
自分のこと、お姉さんだと思ってるんなら、二度と……」
二度となんだ、と思ったが、晶生はそこで、言葉に急ブレーキをかけるように、無理やり呑み込んだ。
後ろに自分が居ることを思い出したからだろう。
「ところで、あそこの見えなかった男の悪霊とか姉さんとかどうなるの?」
と堺が晶生に訊いている。
「ああ、それ、笹井さんに頼んだらいいですよ。
あの人、きっともっと祓えるようになりますよ。
優しい人だから」
ま、かなり適当な人だけど、と晶生は笑う。
「よし、じゃあ、全部解決ね」
いや、待て。
なにかひとつでも解決したか? と思っている自分の前で、堺は、
「屋台で、ラーメンラーメン」
と強引に晶生の肩を抱いて払われていた。
このロリコンめ、と思いながら二人の後をついていく。
少し先に、駅の灯りが見え始めていた。
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