空き家の悪霊 IV



 夜は明かりが少ないな、と思いながら、沐生はその通りを歩いていた。


 静かな夜だ。


 車道の向こうの道をゆっくりゆっくり歩いている茶色っぽいジャンパーを着た男。


 少し猫背気味だ。

 こちらに気づき、振り向いて笑う。


 まあ……生きてないんだろうな、と思うが確証はない。


 その家の近くまで行くと、まるで自分を待っていたかのように、ブロック塀の向こうから、その女は這い出してきた。


 そのまま動かないでいると、女は自分の許まで来て、足を掴む。


 ……見テイタ クセニ


 自分の目には今、殺されたばかりのように見えるその女に向かい、沐生は言った。


「午後二時にしか現れないんじゃなかったのか?」

と。






 襖をもう一度開けたとき、その老婆は居なかった。


「あー、びっくりした」

と堺は言う。


「あれは見えるんですね、堺さん」

と言うと、


「あんたの側に居ると、力が強くなる気がするわ。

 気持ちが繋がっているからかしらね」

としょうもないことを言い出したので、はいはい、と流した。


「撮影してた此処、仏間だったのね」

と言う堺に、そうですね、と言いながら、仏壇に近づく。


 普通の仏壇のようだ。

 開いたままだが。


 そこを見ながら、晶生は訊いた。


「堺さん、本当はなにしに来たんですか?」

と。


「ずっと私をつけてたなんて嘘でしょう。

 此処に来たら、私が居た。


 なにをするのかと思って様子を見ていた。


 中に入っていくようなので、自分もついて入った。

 違いますか?」


 汀と会っていたことは、汀の電話でも盗み聞きして知っていたのだろう。


 或いは、秘書の吉田さんからでも聞き出したのかもしれない。


 でも、忙しい堺がそこからずっとつけていたというのは、ちょっと無理がある、と思った。

 

「わかってんのなら、訊かなくていいじゃない」

 めんどくさい子ね、と堺は言った。


「あんたと汀の様子を窺いに行ったのは、本当よ」

 でも大丈夫そうだったから、すぐ帰った、と言う。


「なんでまた、わざわざ」

と呆れたように言うと、


「あんたが好きだからに決まってるじゃない」

と言う。


「あの……それを信じさせたいのなら、もうちょっと感情込めて言ってくれませんかね?」

と言うと、腕を組んでこちらを見下ろし、


「私はこういう人間なの。

 本当は、沐生よりも冷めた人間だから」

と言う。


「……堺さんは全然冷めてなんかいませんよ」


 そう言った自分を堺は見たが、この会話は此処までで打ち切ることにした。


 それはともかく、と話を変える。


「堺さん、見えないのなら、貴方が来ても、なんの解決にもなりませんよ」


 此処には霊しか居ない、と晶生は言った。


「でも、あんたが来てくれたお陰で、見えるようになってきたわ」


「そうですか。

 でも、私にもまだ、沐生の言う男の霊が見えないんですよね。


 ちょっと探してみましょうか」


 何故、此処に現れたのか、とも訊かずに晶生は隣の部屋とを繋ぐ襖を開けた。

 ひとつ開ければ怖くない気がしたが、やっぱり怖い。


 ふう、と息を吐くと、堺が笑う。

 いつの間にか、後ろに居たようだ。


「ねえ、あんたは沐生のために来たんでしょ? 此処に」


「そういうわけでもないって言わなかったでしたっけ?」


 じゃあ、なんで? と堺が問う。

 北側に面した窓の方を見ながら晶生は言った。


「見たからですよ。

 あの這う霊……」


 そのとき、後ろから堺に抱きしめられた。


「堺さん?

 なにしてますか?」


「いや、私の愛情を伝えてみようかと思って」


 違いません? とまだ自分を抱いたままの堺に言う。


「今、私が言おうとしたことを止めようとしただけでしょ」


「止めるのなら、もっと違うことをするわよ」

と晶生の腰を抱いたまま、もう片方の手でそっと晶生の唇に触れてくる。


 ふう、と晶生は溜息をついて言った。


「堺さん、貴方は本気のときは、そんな言葉遣いは……」


 そのとき、カタカタカタ、と音がした。


 頭上だ。

 はっ、と堺が上を見る。


 まだ敷居を越えずに居た晶生の上に、遺影が降ってきた。


 ガラスの額に入っている。

 堺が晶生を身体の下にかばった。


 甲高い音ともにガラスが割れ、降ってくる。


「堺さんっ、大丈夫ですかっ?」


 堺は晶生を突いて自分から離すと、頭を振る。

 堺の髪からパラパラとガラス片が落ちた。


 肩の上に乗っている大きな破片が、首許を向いている。


 晶生がそっとそれを取りながら、

「刺さらなくてよかったですね」

と言うと、


「あいたたた……。


 ねえ、なんかおかしくない?

 沐生をかばうために此処に来たあんたをかばって怪我する私」

と文句を言ってくる。


「まあまあ」

「あとで、なんか奢りなさいよ」

と言いながら、堺は立ち上がった。


 退いてなさい、と晶生を下がらせ、ガラス片を払う。


 そのまま、辺りを窺う堺に、

「堺さん、顔が男の人になってますよ」

と言うと、あら、いけないいけない、といつも通りに言っていた。


 あ、ちょっと格好いいかな、と一瞬、思ったのにな、と思ったとき、玄関から声がした。


「掃除しとけよ。

 空き家じゃないんだ」


「沐生……」


 沐生はこちらではなく、堺を見て言う。


「ほら、連れてきてやったぞ、お前の身内だろう」

と足首を掴まれたまま上がってくる。


 ずるっと床の上に上がってきた女は、堺とよく似た綺麗な顔をしていた。


 堺はガラスを払う手を止め、彼女を見下ろし、笑う。


「やあ。

 やっと見えたよ。


 久しぶり、姉さん」


 また男になってる……と思いながら、晶生は、それを見ていた。





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