空き家の悪霊 III
「……堺さん、なにしてるんですか」
晶生とともに、空き家に入り込んできたのは堺だった。
「あんたこそ、なにやってんのよ、晶生。
こんな時間に。
高校生でしょ、あんた」
と突然、叱られる。
いや、大人でも、こんな時間に此処に居たら、なにやってんですか、ですけどねーと思いながら、後ろから月光を受けたその整った顔を見上げる。
「いやあ、誰がつけてるな、と思ってたんですよ」
と言うと、
「つけてるな、と思いながら、なんでこんな空き家に入るのよ」
と仏頂面で堺は言う。
「はあ。
つけてるから、人が居てくれて、ちょうどいいかな、と」
私も別に怖くないわけではないんですよ、と晶生は白状する。
「人が居るから大丈夫って、ヤバイ人だったら、どうするのよ。
自分から空き家に入るなんて、危険じゃないの」
「でも、堺さんだったじゃないですか」
と言うと、それ、結果論でしょ、と睨まれた。
「いや、殺気を感じなかったんですよ。
そういうの、感じるの、得意なんで」
と言うと、
「あら、全然得意じゃないじゃない。
私がついて来てるのに、殺気を感じないなんてね」
と言う。
「まったくです。
鈍ってますね、私」
と言いながら、晶生は辺りを見回し、
「それにしても、何処も入り口が開いてますね。
霊が出るところは」
あのホテルといい、と思った。
「自分たちが開けてんですかね、霊」
と言うと、
「あら、自分で開けてるのかもしれないわよ。
知らない間に……」
と言って笑う。
「私を怖がらせようったって駄目ですよ」
と言ったとき、キイ……とトイレのドアが開いた。
あの女の子がノブを握って、ドアの陰からこちらを見ている。
思わず、腕を掴んでしまっていたらしく、堺は、笑っていた。
いや……突然だと、びっくりするんですよ、私も、と言い訳のように晶生は思う。
上に上がると、ぎしり、と床が音を立てた。
昼間は気にならなかったが、夜はかなり響く。
「古いけど、綺麗ですよね」
と晶生が言うと、
「そうね。
行事のときには、帰ってくるらしいから、廃墟でもないわよ。
不法侵入ね」
と堺が言った。
「そのときには忘れ物でもしたと言いますよ」
そう言ったとき、ふっと頭をなにかがよぎった。
『忘れ物した。
取ってくる』
それがいつの光景なのか、思い出そうとしたが、堺の言葉にかき消された。
「ねえ、此処の親族が法事とかで集まってるときも、玄関の悪霊とか、トイレの悪霊とか出てるのかしらね」
「此処のドア、立て付け悪いわね、とか思われてるんでしょうね。
いつも半開きだから」
と女の子が覗いているトイレを見て晶生は言う。
「私、この家は相性が悪くて見えないのよね」
「遠藤は見えるのに、面白いもんですね」
と襖の方を見て言うと、え? と言う。
「堺さん、遠藤は見えてるし、声も聞こえてますよね」
遠藤が私に、
『お前になら、犯人がわかると思っていたよ。
お前は――
人を殺したことのある人間だから』
そう言ったときも、堺は下から聞いていた。
「霊の声は、遠いも近いも関係ないから」
晶生がそう言うと、堺は、
「あんた、まだあのイケ好かないイケメンに会いに行ってんの?」
と訊いてくる。
それで、見えていると、白状したということなのだろう。
「そうですね。
面白いから」
「なんか妬けるわね」
と言う堺に、
「私があのホテルに行ったときは、まだつけてなかったんですか?」
と訊いたが、堺は答えなかった。
まあ、マネージャー業がそんなに暇だとも思わないが。
「社長、なんの話だったの?」
そう堺は訊いてくる。
「それで、つけてたんですか」
「あんたが汀に襲われないようによ」
と言うので、
「襲うわけないじゃないですか。
堺さんじゃあるまいし」
と言ってやった。
「そうだ、堺さん。
私をつけてきた詫びに、あれ、開けてきてくれませんか?」
と襖を指差すと、ええっ? と言う。
「なんでよ。
暗闇で閉まった襖開けるの、怖いじゃない」
「怖いから頼んでるんですよ。
沐生を連れてくればよかったですね。
無表情に開けてくれますよ」
「あの男は感情が焼き切れてるわ」
「でも、実はいろいろ考えてるんですよねー。
言葉に出さないだけで」
と言うと、
「でも、沐生は此処に連れて来られないでしょう?
沐生が引っ張り込まれたから、心配して来てみたんでしょうに」
と言うので、
「それでだけではないですよ」
と言いながら、襖の前に行く。
そこに手をかけると、堺は晶生の手の上に手を重ねてきた。
せーの、と重くもない襖を二人で気合を入れて開けようとする。
沐生が居たら、阿呆か、お前らと冷めた目で見て言うところだろう。
カラッと襖を開けた二人は、うわっ、と叫んで、同時に閉める。
仏壇の前に老婆がこちらに背を向け、座っていたからだ。
「堺さん、どうぞ」
「晶生、行きなさいよ」
どうぞどうぞと二人、譲り合う。
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