空き家の悪霊 II




 夜のダム。

 ダムを取り囲む木々が一箇所、途切れている場所がある。


 そこから晶生は下を覗いていた。

 他の場所は急斜面になってダムへと続いているが、そこだけは完全に崖になっていた。


 ガードレールも壊れて、下に向かい、垂れ下がっている。


 月明かりを映す暗いダムの真ん中にぽっかりと大きな穴が空いていた。

 満水になった水を逃すダム穴だ。


 そこへと引き込まれ、落ちていくのは、水だけではないように、晶生には思えた。


 そこへ引きずり込まれたら、きっと何者も戻れない。

 この世界とは違う場所に呑み込まれ、消えていくような。


 そんなことを考えていたとき、真後ろに誰かが立った。


 はっ、と振り返る。


 男が立っていた。


 お前だ……と男は言う。


 月明かりを背にした男は晶生の首に手をかける。


「お前だ、俺を殺したのは」


 男の手が晶生の首を絞め上げる。


 苦しい、と思い、目を開けた。


 自宅の天井が見える。


 寝ている自分の身体の上に、見知った男の顔が見えた気がしたが、それはすぐに消えた。


 夢か。


 いや、夢なのか?


 本当に絞められた気がした、と晶生は首に手をやる。


 そのまま起き上がり、ぼんやり、明るい障子を見ていた。


 ふと思いつき、立ち上がる。





 晶生は昼間来た通りでタクシーを降りた。


 夜はこの通りは民家が多いので暗い。

 カフェにも今は光はなく、静かなものだった。


 汀がくれたお金の残りで此処まで来たのだ。


 ありがと、汀、と思いながら、晶生は、昼間、這う霊の出た民家の前に立った。


 今は誰も這い出て来ない。

 あれは、やはり、あの時間にしか出てこないものなのか。


 そんなことを考えながら、門の中に入ると、すぐ後ろで、人の気配がした。


 だが、振り返り見ても、松の木しか見えない。


 人が住んでいないわりには、よく手入れがされている松の木だ。

 きっと親族が手入れしているのだろう。


 すりガラスの引き戸に手をかけると、それは、カラカラと軽く開いた。


「不用心だなー」

と呟き、中に入ると、後ろ手に戸を閉めようとしたが、誰かが一緒に入ってきた。


 振り返った晶生の目に、ガラス戸から差し込む月明かりを背にした大きな人影が映った。






 見テイタクセニ……ッ!


 まだ起きて、見もしないテレビをつけたまま、ソファで考え事をしていた沐生の頭に、ふいに、あの霊の言葉が蘇った。


 見テイタクセニ、か。

 どういう意味なんだろうな。


 それに、あの霊の顔……。


 そんなことを考えていたとき、誰かがドアをノックした。

 玄関のドアだ。


 少し迷って、インターフォンからカメラで覗くが、誰も居ない。

 だが、また、トントン、と音がする。


 玄関に行き、普段は閉めてある覗き穴を開けて見た。


 女が立っている。

 じっとこちらを見ているようだ。


 真田はこれを霊だと言ったが。


 面白いな。

 霊なのに、ドアが閉まっていると、入ってこないとは。


 意外に礼儀正しい霊なのか?


 そのとき、また、あの霊の言葉が頭に響いた。


 見テイタクセニ……ッ!


 見ていたくせに、なんなんだろうな? と思いながら、沐生はリビングに戻った。






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