過去 I
開いたままの玄関から覗いていた晶生が、
「笹井さん、凄い。
テレビで見たときとまた違うわ」
と言うと、
「あんたのせいじゃない?」
と横に居た堺が言う。
え? と振り返ると、
「私もあんたの側に居ると、よく見える気がするわ」
いつもよりも、と腕を組み、目を閉じた堺は白状した。
「ところで、女の霊はどうしたのよ」
彼には先程からずっと見えていなかったらしいのに、そう言いながら、足許を見てみている。
「いやあ、それが一緒に吹き飛ばされちゃって」
と苦笑いすると、
「……まあ、消えたんならいいんじゃない?」
と堺は言い、もうそれぎりその話題には触れてこなかった。
どうも気になるんだよな。
家に帰った晶生が、昼間の収録のことを思い返しながら、テレビを見ていると、電話がかかってきた。
はーいはいはい、と適当な返事をしながら、子機を取り上げる。
汀だった。
最初は親が出るかとあらたまった声で話していたようだが、晶生だとわかると、
『晶生っ。
携帯の番号を教えろ』
と文句を言ってくる。
「やだ。
いえ、嫌です」
と言い換えた。
そうそう。
こいつ、社長だった、と思い出したのだ。
「今は仕事してませんから、貴方に教えなきゃいけない義理も理由もないです」
このクソガキッと思っているらしい沈黙があった。
少し間を置き、
『……沐生のことで話があるんだ』
と言われる。
『沐生はまだ帰ってきてなんだろう?』
と言われ、
「どういう意味でですか?」
と思わず、訊き返す。
「此処に住んでいないという意味ですか。
今日、帰ってきていない、という意味ですか」
今、どっちの状態だ、と訊かれ、両方です、と言うと、
『じゃあ、どっちでもいいじゃないか。
帰ってきてない、で話を終わらせろ』
と素っ気ない声で言われた。
『晩飯は食ったか』
「まだですよ」
と言うと、じゃあ、ちょっと出てこい、奢ってやる、と言う。
「いいですよ。
タダより高いものはないので」
そのとき、
「ただいまー」
という声が玄関からした。
げっ、と思う。
『母親が帰ったな。
かわれ」
「い、嫌ですっ」
と言ったが、側に来た母親が、
「電話、誰?」
と訊いてくる。
『かわれ。
おかーさん、お久しぶりです。
汀ですっ』
と張り上げた汀の声が漏れ聞こえたらしい。
「あらー、汀くんじゃないの。
かわりなさい。
沐生がお世話になってるのに」
と言う。
そういう常識的なことを言われたら、かわらないわけにはいかない。
「まあー、どうもお世話になりますー。
社長さん、お久しぶりですねー」
と母親は愛想よく汀と話し始めた。
昔は一緒に仕事をした仲間だが、今や、向こうは社長だ。
そういう事情がなくとも、一見、礼儀正しい汀は、母親のお気に入りのようだったが。
これはヤバイ……。
私の意志など吹き飛ばされそうだ、と思いながら、晶生は側に立ち、為すすべもなく、ただ、二人の会話を聞いていた。
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