居るよ…… IV
堺が真田とともに門を潜り、昔風の庭から玄関を覗くと、晶生はすりガラスの引き戸の前に立ち、ウロウロしていた。
「晶生」
と呼びかけると、ちょっと困ったような顔でこちらを向く。
ああ、可愛い、と思いながら、顔には出さずに、
「どうしたの?」
と訊く。
「此処まで来ると、這い出てくる女の人の霊が消えるんですよ。
しばらくすると、また現れて、そっちに向かって這ってくんですけど」
と道路を指差した。
「どんな霊なの?」
と訊くと、
「すごく綺麗な女の人の霊ですよ」
と言ったあとで、こちらを見た。
「中に違う悪霊が居て、入れないと言っています。
いつも居るんですかね? その悪霊。。
じゃあ、この霊、普段から、中には入れないんでしょうか。
それとも、今、入ってるメンバーに悪霊が憑いてて、一緒に入っちゃったとかなんですかね?」
堺は、沐生のあれか、それとも……と思いながら、
「そう。
沐生は?」
と訊くと、
「今のとこ、大丈夫そうですよ。
中で、台本に合わせて小芝居をしてますよ」
と沐生が聞いたら怒りそうなことを言い、古く厚いガラスの掃き出し窓の方を指差す。
庭に面したその窓から部屋の中が窺えた。
なるほど。
ドッキリに合わせて小芝居中だ。
そちらを窺いながら、
「……あんたにも、その中の悪霊は見えるの?」
と訊くと、
「いえ」
と言ったが、それが本当かどうかはわからなかった。
何故、真田までついてくる。
そして、何故、らしくもなく、無言、と思いながら、晶生は堺と真田を見ていた。
あの女の霊はもう二時半になったといのうに、まだ此処を行ったり来たりしている。
晶生は通りの向こうを目を細めてみたあとで、手招きをした。
しばらくして、
「誰呼んでんだー?」
と汀の声がした。
「笹井さんー」
と叫び返すと、
「笹井さんは、後から登場して、沐生が驚かないといけないんだ。
今は連れていけないー」
と叫び返してくる。
「そんなの、今更でしょー」
と言うと、汀は、まったく、という顔をして、笹井になにか言っていたようだった。
二人でこちらに渡ってくる。
「社長、暇なんですか。
もう帰ったらどうですか」
と言うと、
「俺が居たら邪魔なのか」
笹井さん連れてきてやったのに、と睨んでくる。
「笹井さん」
とそれを無視して呼びかけた。
「あの、此処の霊って午後二時に出るんですよね。
まだ、この辺、ウロウロしてるみたいなんですけど。
いつもそうなんですか?」
と訊くと、
「いえ。
二時ジャストにだけ現れるはずですが」
と戸惑うように言ってきた。
「それ、なにか意味のある時間なのかしらね」
と堺が言う。
「じゃあ、これ、いつもとは違う行動なんですね」
とまだ彼らの足許をうろついている霊を見下ろして、晶生は言った。
この霊に関しては、笹井も堺も見えていないようだし、後のメンツは問題外なので、見えているのは自分だけなのだが。
彼らの足許を霊が突き抜けていくさまは、見ていて、あまり気持ちのいいものではない。
それにしても、なんで、この霊、普段とは違う行動をとっているのだろう。
いつもは居ない悪霊が家の中に現れて戻れないからか。
それとも……。
さっき、この霊、沐生になにか言っていた。
そして、沐生の足を掴んで中に引っ張りこもうとした。
「笹井さん、此処の霊って、人を引っ張り込むんですか?」
「いいえ。
そんな話は聞いてないですが」
じゃあ、沐生にだけ特別な動きをしてるってことなのか? と思いながら、また現れた女に向かい、呼びかけた。
「……あの、さっき、なんで彼を中に引きずり込んでたんですか?
彼に向かって、なんて言ってたんですか?」
その途端、這っていた女はこちらを振り返り、ぎっと睨んで言った。
……テイタクセニ
……見テイタクセニッ!
「見ていたくせに?」
そう呟いたとき、ふっと霊の姿は消えた。
そのまま現れて来ない。
霊って奴は、どうしてこう気まぐれなんだ、といつも振り回されている晶生は、大きく溜息をつく。
奴ら、言いたいこと言って、やりたいことやって、去ってくだけだからな。
或る意味、気ままな人たちだ、と思った。
それにしても、『見ていたくせに』か。
どういう意味だろうな、と思いながら顔を上げると、真田と汀が引き気味にこちらを見ていた。
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