神社

 


 また、晶生の祖父に呼ばれた日曜日、長い神社の石段を駆け上がり、鳥居を潜った真田は、社務所の前に立つ男を見た。


 芸能人のくせに、ひょいひょいその辺に現れんなよ、と思う。


 この間、撮って帰った写真が好評で、今回は頼みもしないのに、母親と姉が父からカメラを奪い、貸してくれた。


 それにしても、なにしてるんだろうな、この人。


 小銭を入れて、おみくじを見て、……無表情。


 よくわからない人だ。


 っていうか、おみくじなんか引くのか。

 そんなもの気にするのか?


 そんな可愛いところもあるのか。

 死体を見ても淡々としてるのに、と思う。


 あの普段の顔を見たあとで、ドラマの彼を見ると、驚く。


 こんな顔で笑えるのかと思って。


 固定のイメージがついている役者も居るが、長谷川沐生にはそれがない。


 どんな役でも、本当に別人のように演じてみせる。


 あ、おみくじを木に結びつけに行った。


 ……あまり良くなかったらしい。


 たくさんのおみくじが縛りつけられているその木は雰囲気的には、重さで枝がしなっているように見える。


 重さでというか、幸福になりたいという人の怨念でか。


 呪いの詰まったようなその木も、沐生の身長で手を伸ばした位置には、ほとんどおみくじはなく、沐生は余裕で結ぶことが出来たようだった。


 おみくじを結んでようやく満足したらしい彼がこちらに気づく。


 生きた人間はおみくじ以下の存在なんだな。


 っていうか、この人、誰が生きてるのかわからないんだっけ、と思う。


「おはようございます」

と言うと、


「おはよう」

と返してくる。


 挨拶返してきたよっ。


 最初にロケ現場であったとき、OLさんたちが、生きて動いてるっ、と驚いていたのを笑ったが、今の自分の反応も似たようなものだな、と思った。


「真田」


 名前呼んでるしっ。

 さすが、滑舌も発声もしっかりした、耳に残るいい声だ。


 耳許で名前を囁かれたら、男でもぞくっと来そうだ。


 同じ、真田という名前の姉がこの場に居たら、卒倒していることだろう。


「お前、このあと、暇か?」

「は?」


「ちょっと見て欲しいものがあるんだが」

と言ってくる。


 なんだろう。


 晶生の子供の頃の写真とか、モデルの頃の写真とかなら見たいが、そんなお宝画像をわざわざ見せてくれるとも思えないが。


「なんですか?」

と訊くと、


「マンションの部屋の前の廊下に、女が居るんだ」

 生きてるか死んでるか、わからない、と言う。


「俺の部屋の前にずっと立っているから入れないんだが」


 そ、それは……どっちでもありそうな、と思う。


 狂信的な追っかけかもしれないしな、と。


 どっちにしても危険だ、と思いながら、

「それじゃ、今、何処に帰ってるんですか?」

と訊くと、家に帰ってる、と言う。


 家って何処だ、と一瞬、思ったが、晶生の家に違いない。


「そのまま、家に居たらいいじゃないですか」

 少し機嫌悪く言ってしまう。


「いや、長居すると、俺があそこに居ることが知れて、迷惑をかけるから」


 ご近所さんとかは昔から知ってるから構わないんだが、と言う。

 困ったファンに後でもつけられたら困ると思っているのだろう。


 それで、役者になるとき、晶生の家を出たのか、と気づいた。


「いいですけど。

 晶生に見てもらったらいいじゃないですか」

と言うと、


「晶生も本当は死者と生者の区別があまりついていない。

 俺よりはマシだが」

と言う。


「……なかなかめんどくさい人生ですね」

とつい、言ってしまった。


「そうだ。

 堺さんは?」

と言うと、沐生は、


「今のマンションの場所を教えたくない」

と言う。


「あの〜、堺さん、マネージャーですよね?」

「いや、寝首をかかれそうだから」


 冷ややかに沐生は言った。

 どんなマネージャーだ。


 そんなこちらの表情を見て、沐生は言う。


「いや、マネージャーとしては信頼している」


 待て。

 信頼してる人間が寝首をかきに来るか?


「人間的にも嫌いじゃない。

 だが」

と沐生は弓道場の方を見た。


 ああ……、と思う。


 あれだけやらないと言っていた晶生が、弓道の袴をつけて、弓を射っている。


 的を見据える目。

 引き締まった口許。


 普段の、ぽやんとして得体の知れない晶生とはまた違う、知的で引き締まった顔だった。


 惚れ惚れと見てしまう。

 しかし、今の話の流れで、晶生を見るっていうことは、やっぱり?


 あのとき、確かに堺さんは、晶生にキスしていた。


 そういうあれで、仲悪いのだろうか?

 でも、堺さんって、晶生より、結構年上だよな。


 昔から、沐生のマネージャーなんだから。


 ロリコンか?

 はは、と苦笑いする。


「弓道場行かないんですか?」

と訊くと、うん? という顔をする。


「近くで見ないともったいないじゃないですか」

と言うと、一瞬の間のあと、ちょっとだけ笑ったようだった。


「……お前はストレートだな」


 うわっ。

 男なのに、見惚れてしまった、と思う。


 滅多に笑わない人間に笑われると、どきりとしてしまう。


 晶生もこれにやられるのかな、とちょっと思った。


 結局、一緒に歩いて弓道場に行きながら、晶生を眺める。


 こちらはただ、美しいと思って、眺めているだけだったが、沐生は横で、ぼそりと言っていた。


「誰を殺ってるつもりで、射ってるんだろうな、あれ」


 おいおい。


 意外と勝手にキスしてきた堺さんだったりして、と思ったとき、晶生がこちらに気づいた。


「真田くん、沐生」

と手を振る。


 沐生が一瞬、不快そうな顔をした気がした。

 たぶん、自分の名前の方が後だったからだろう。


 ……この人、意外と可愛いな。


 少し笑って真田は言った。


「帰り、見に行きますよ、そのマンションの女」

 そうか、とこちらを見て言う。


「なになに、なんの話?」

と晶生がこちらに来て笑う。


「なんでもない」

「男同士の話だ」

と横から畳み掛けるように沐生が言ってきた。


 もしや、生きてるのか死んでるのかわからない女の霊が怖くて逃げ回っていると、晶生に知られたくないのだろうか。


 この人の場合、怖いのは、生きた女のときだろうな、と思う。


 週刊誌に載っているみたいに、簡単にスキャンダルとか起こしそうな男ではないから。


「そうだ。

 沐生、晩ご飯なにがいい?」

と晶生が訊いていた。


「お母さんに、昼、此処に来るなら、訊いといてくれって言われてたのよ。

 最近、ロケ現場が近いからって、毎日帰ってきてくれるのが嬉しいって、張り切ってるみたい」

と笑う。


 ちら、と沐生を見ると、向こうも、ちらとこちらを見てきた。

 やはり、晶生にはなにも言っていないようだった。


 喋りませんよ〜と微妙に脅すように睨んでくる沐生に思いながら、笑う。


「真田くん、早く。

 お祖父ちゃん、待ってるから」

と晶生が微笑みかけてくる。


 開けっ広げな弓道場の上を鳥が鳴きながら飛んでいく。


 とりあえず、今は平和だな、と思いながら、真田は笑い、

「ああ」

と答えた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る