懐古ホテル II
お利口に、かどうかはわからないが、晶生が帰って行ったあと、遠藤はひとり、ひび割れた窓から月を眺めていた。
特にしなければならないこともないので、時間は無限にある。
呪うとか、いろいろやることがあって忙しい霊も居るのだろうが、なんのビジョンもなく、此処に居るだけなので、暇だ。
転生してみたら? という晶生の言葉を思い出すが、それもまた、面倒臭いな、と思ったとき、それは現れた。
鍵が開けっ放しなので、勝手にいろいろ入ってくるな、と思っていると、その人物は自分の前に立って言った。
「こんばんは」
「こんばんは。
お嬢さん?
お坊ちゃんかな」
「どっちでもないよ」
と言う。
「お嬢さんじゃないし、お坊ちゃんって年でもない」
そう美しい顔で笑う。
「いやいや、私からしたら、随分とお若いけどね」
晶生の後をつけてたのは、お前だね、と言う。
「あのめんどくさい男前についてるマネージャー」
「堺ですよ、遠藤さん」
遠藤は笑う。
「やっぱり、見えて聞こえてたんだな」
「側に座っても?」
と堺が訊いてくるので、
「まあ、いいが。
なにされても、これ以上、死にようがないから」
と答えると、ははは、と笑い、階段に腰掛けてきた。
今の堺からは、他の人間と居るときに見られる女性っぽさは鳴りを潜めていた。
沐生に負けないくらいの美貌とオーラがあるのに、何故、この男はマネージャーをやっているのだろうな、とふと思った。
まあ、単に、そういう仕事の方が好きなのかもしれないが。
この男からなにも野心を感じないわけでもない。
それを抑えるようななにかがあるということだろうか。
「別に貴方を殺すつもりはないですよ。
生きていれば殺したいところですけどね」
その手段がない。
そう言い、堺は微笑む。
「なんでだ?」
「晶生に余計なことを言いそうだからですよ」
「そうか。
でも、私に限らず、余計なことを言いそうな連中が現れることもあるだろうに。
全部殺して歩く気か」
あんな恐ろしい女のために、手を汚すなよ、と言うと、堺は笑った。
「恐ろしい女、か。
そうですね。
私も、晶生は女に見えてましたね。
最初から」
ちょっと子供には見えなかった、と堺は言う。
「あの霊能者も本物だったら、邪魔だなと思ってたけど、偽物でよかった」
「そうか、よかったな」
と呟き、二人で月を眺める。
「静かですね、此処は」
とくつろぎ切った様子で、堺は言う。
「そうだな」
とそのまま、二人でぼんやりしていたが、しばらくして、月を見たまま堺が言った。
「……もし、今度、晶生になにかしたら、このホテル、危険だからって、取り壊してもらうよう働きかけますからね」
霊にまでヤキモチ妬くなよ、と思いながら、
「わかったよ。
ない階段に腰掛けてるふりをするのは、霊と言えども、間抜けだからな」
と言うと、笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます