呪われた男 VII

「まあ、誰にでも可能性はありますが、私の推論からすると――」

 すると? と身を乗り出した林田に晶生は言った。


「いやいや。

 素人考えで、勝手に人を犯人に仕立てちゃいけないですからね」


「ちょっと~っ。

 もう充分しゃべったじゃないっ」


「だって、此処までは、事件の経過に関する推理であって、犯人の特定はしていません」


「そんな屁理屈はいいからさあ。

 このままじゃ、借りてた本の返却日が途中で来て、次の予約があるから返してくださいって図書館で言われた気分だよ」


 いや、そういうときは、書店で買ってください、と思った。


「まあ、結論としては」

「結論としては?」


「掃除中って書いてあるトイレに行くなってことですね。


 トイレのおばちゃんに言えば、大抵、入っていいですよって言われますけどね。

 ずっと全体を掃除してるわけじゃないですから」


 犯人の名を告げる気のない晶生に、もう~っ、と林田がわめいたとき、彼の携帯が鳴った。


「もしもしっ」

と怒ったように出ると、堀田だったらしい。

 慌てて、へこへこしていた。


 大変だな、公務員も、と思う。


「えっ。

 じゃあ、自分で転んだって言ってるんですかっ。


 えっ、でもっ。


 え……えええええ~っ」

 不満げな声を上げ、林田は携帯を切った。


「……中岡さんの意識が戻った。

 自分で転んだって主張してるって」


「そうなんですか」

「驚かないね、晶生ちゃん」

と何故か恨みがましげにこちらを見て言う。


「いや、そう言いそうだな、と思ってたから」


「ミイラに仕立てたのは、誰か、樹里を好きなスタッフとかの悪ふざけかもしれないから、事を荒立てないで欲しいって言われたよ」


 じゃ、そうなんでしょうね、と言うと、

「よくしゃあしゃあと言うねえ。

 さっき、全然、違う推理してたじゃないっ」

と罵られる。


「いや、あれ、ただの私の推理なんで。

 違ってたみたいです。


 あの、中岡さん、トイレを水浸しにした村さんのことは?」

と訊くと、村はぎくりとしていた。


「いや、掃除中なのに入った自分が悪かったからって。


 テレビ局に来て、それも、水沢樹里の婚約者として紹介されるっていうんで、緊張して、お腹の調子が悪かったんだって。


 まあ……被害者がいいって言うのなら、


 ……いいけど」

 そうぐずぐずと言う林田は不満そうだ。


「大丈夫。

 犯人には、私からよく言っておきますよ。


 二度とこのようなことがないように」


「いや、だから、犯人誰なの~っ」

と林田がわめく。


「堀田さんから早く戻れって言われたんじゃないですか?

 お忙しそうですもんね」

と帰るように促すと、


「弁当ももう冷めちゃったよ、

 もうっ。今度、ちゃんと聞かせてよねっ」

と言い出す。


 今度っていつだ、と思いながら、晶生は笑って流した。


「晶生ちゃん、今度は絶対、死体に遭遇してもらうからっ。

 そしたら、もう、なあなあには出来ないんだからねっ」


 どうなんだろうな、この警察。

 事件が起きることを願うな、と思いながら、沐生を見る。


「じゃあ、帰るから」

 ああ、と沐生は言った。


「ああ、ハンカチ。

 洗って返す」

と言うと、


「いや、それは持って帰れ」

と言われた。


 よく見たら、それは、晶生の父親のハンカチだった。


「この間、借りたんだ」

と沐生は言う。


「……あ、そう」

と言うと、真田が横で、

「なににやけてんだ」

と言い出す。


 堺が、ふうん、という顔でこちらを見ている。


 ただ、安心しただけだ。

 沐生のハンカチがやけに綺麗にアイロンがかけられていたので、何処の女がかけたのだろうと思っていたから。


「いきなり鼻歌歌うなよ」

と力なく言う真田に、


「そうだ。

 ジュース奢ってあげるよ。


 後藤さんにジュース代もらったから」

と微笑む。


「そりゃいいが。

 なんで、中岡さんが弱ってたってわかったんだ」


 もう、林田さんは居ないから、言ってもいいだろ、と真田は言う。

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