呪われた男 VI

 だが、だからこそ、掃除中の立て札をそのままにして、呑気に鼻歌まじりに戻ってきたのだ。

 そんな村が犯人のはずはない。


「信じてください。

 私が戻ったときには、もうあの人、エジプトのファラオになっていたんですっ」


 いや、ファラオにはなっていない、と思ったが、話の腰を折っても、と思い、晶生は突っ込まなかった。


「わかってますよ。

 そういう可能性もあると言っただけです。


 可能性はひとつずつ潰していかないと。

 さて、最もインパクトがあったのは、黄金のマスク、次が石板。


 さて、次は?」


「水浸し」

と真田が言い、


「花瓶」

と林田が言う。


 沐生は、

「ミイラに見立てたトイレットペーパーか」

と言った。


「そう、それ」

と晶生は言った。


「他のインパクトが強くて、後の印象は薄い。


 だけど、中岡さんの顔を隠すのが目的でなく、マスクにも石板にも意味がないとしたら、他のものに意味があることになります。


 まず、水浸し。

 ナイルを流れて行く王様みたいになってますが、これは単に、村さんの仕業です。


 この人には細工をする理由はあっても、時間がなかった。

 それに、勤め始めたばかりで、掃除用具のこと以外にはまだ不案内。


 スタジオの中にあったマスクなんかをそっと失敬してくるとか無理だと思いますね。


 そもそも、細工のために、此処に足を踏み入れる時間はなかったようですし」


 村がほっとした顔をする。


「では、花瓶ですが。

 花瓶というより、花を置こうとしたんですかね。


 ツタンカーメンの墓には、一束の花が供えられていたそうですから。


 別に花瓶の水がこぼれて水浸しになったと見せかけようとしたわけじゃないと思います」


 だから違うって、という顔を村はするが、まあ、一応、可能性を潰していくことも大事だ。


「残るはトイレットペーパーです。村さん」


 は、はいっ、と彼女は警察で尋問を受けているくらいの勢いで返事をしてくる。


「両方に同じように補充したんですか?

 予備のトイレットペーパー」


「もちろんですっ。

 水はよくかけ過ぎるけど、そういうところは怠りませんっ。


 足したばかりでしたっ。

 置くトイレットペーパーの数は決まっているのでっ」


 いや……すべてにおいて、怠るな、と思った。

 私なら、こんなバイトは雇わない。


「手前の個室の予備のトイレットペーパーが少ないですね。

 補充したばかりなんですよね。


 奥側には下のホルダー以外に、三つの予備が置いてありますが、手前にはない。


 村さんが居ない隙に入って、今、使われているものを誰かが新しく補充した、というわけでもないようですよ。


 もう半ばまで使ってありましたし、芯のゴミが出てなかったですから。


 だから、村さんの計算間違いでなければ、トイレットペーパーがひとつ消えたことになります」


「そりゃ、あのファラオのミイラに使ったんだろ?」

と真田が言う。


「そう。

 恐らく、あのトイレットペーパーがそうですね。


 だから、まず、トイレットペーパーありきの計画だったんですよ」


 は? と真田が言う。


「犯人は中岡さんをファラオに見立てようとした。


 お面を被せ、石板を置き、トイレットペーパーを急いでほどいて身体にかけて、ミイラに見立てた。


 そんな感じに見えますが、違います」


 真田が、違うのか? という顔をする。


「まず、トイレットペーパーをほどいた。

 それを始末するために、中岡さんの上にかけた。


 お面を被せ、石板を置いて、ミイラでファラオな感じに見立てた」


「待て。

 トイレットペーパーをほどいたから、中岡さんの上に載せたって言うのか。


 じゃあ、中岡さんは、トイレットペーパーを始末するために、昏倒させられたとでも?


 トイレに流しゃいいじゃないか。


 っていうか、そもそも、なんで、トイレットペーパーをほどく必要がある?」


 一度に訊かないでよ、と晶生は両手でうるさい真田を抑えた。


「トイレットペーパーをほどいた理由については、ちょっと考えてみたんですが、推測の域を出ないので、また、後程。


 まあ、そもそも、あんな大量のトイレットペーパー、一度に流れませんから。


 ちょっとは流したかもしれませんが。


 ともかく、犯人は焦っていたんです。

 焦って、トイレットペーパーをほどいていた。


 恐らく、トイレを出ようとしたときに、何かが起こって、それをほどく必要が生じた。


 だから、既に鍵は開いてたのかもしれません。


 それで、開いてると思った中岡さんが個室のドアを開け、犯人はその姿を見られた。


 それで、慌てた犯人は、つい、中岡さんを突き倒してしまった。


 中岡さんはびしょ濡れの床に足を滑らせ、転倒し、意識を失った」


 村が申し訳なさそうな顔をする。


「大丈夫ですよ。

 サスペンスなら、転んで頭打ったら、まず死にますけどね。


 それに、中岡さんが転んだのは、床のせいだけではないです。

 体力が衰えていて、足腰の踏ん張りが効かなかったからです」


「なんで中岡さんが弱ってたってわかる?」

と真田が訊いてくる。


「中岡さんは何処か悪かったのか?

 そうか、それで、水沢樹里は人気絶頂の今、結婚しようとしてたのか」


「なに勝手に納得してんのよ。

 違うわよ。

 樹里は呑気にママドルになりたいとか言ってたわよ。


 中岡さんが弱ってたのは、別の理由。

 まあ、それも今は関係ないから」


 お前、関係ないが多いんだよ、と真田が愚痴る。


「依頼人の秘密をもらさないのも探偵よ」

「お前、探偵じゃないし、依頼受けてないし」


「ともかく、中岡さんが倒れたのを見て、犯人は焦った。


 顔を見られたのかどうなのか。

 後ろ向きになったまま、ドアが開いたっ、と思って、肘で突いたとかなら、中岡さんは犯人の顔を見ていないのかもしれませんね。


 思いもかけず、転倒した中岡さんに焦った犯人は、処理に困ったトイレットペーパーを彼の身体にかけることを思いつく。


 それでミイラに見立てようと。


 だけど、巻きつける暇はなかったから、とりあえず、身体の上にとぐろを巻くように置いてみた。


 水浸しの床の上にほどいていたトイレットペーパーだから、中岡さんの身体の上にあったはずなのに、湿っていたんです。


 それこそが、先にあれがほどいてあった証拠です」

と言う晶生に、林田が思い出すように、ああ、と言う。


「それで、犯人は素早く、この前のスタジオに行き、隅に置いてあった小道具のマスク等を持ち出した。


 恐らくですね。

 このマスクと石板を先に見ていたから、ミイラの発想が浮かんだんじゃないでしょうか」


「えっ。

 てことは、犯人は、あのスタジオに入った人?」


「そうですよ。

 本番前にお腹の調子でも悪くなって、トイレに駆け込んだんでしょう」


「スタッフ? 出演者か?」

と真田が訊く。



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