呪われた男 V

「だが、前回と同じで、被害者の意識が戻れば、すぐにわかることだから、被害者がまた襲われないよう、見張っているだけでいいんじゃないか?」


 沐生の言葉に、

「なんでそんなこと言うんですか」

と林田が残念そうに言う。


「この間のドラマでは、颯爽と解決してたのにっ」

「……だからドラマだからだ」


 あれは台本があるからな、と晶生は思った。

 沐生は事件に首を突っ込みたくないようだった。


 それが何故なのか、晶生にはわかっていた。


「そして、前回も思いましたが、何故、そんなに偉そうなんですか、沐生さん。僕の方が随分年上なのに」


 ええっ? と全員が林田を見る。


 そういえば、ある程度キャリアを積まないと刑事にはなれない。


 そんなに若いはずもなかったのだが、林田の顔と態度から、勝手に沐生と変わらないか、年下だと思っていた。


「まあ、意識が戻ったからって、本当のことを言うとは限らないですけどね」

 樹里の一件を思い出し、晶生はそう言った。


 ただ、当事者が放っておいてくれと言うのなら、前回同様、放っておくのがいいかなとも思うのだが。


「とりあえず、樹里の件は置いておいて、考えてみましょうか。

 例えば、顔を隠す必要があって、ファラオの面を被せたとする。


 すると、横に石板等を置いたのは、ファラオの面を被せることに、違和感を感じさせないため、ではないでしょうか。


 しかし、これだと、逆も考えられます。


 犯人は、あそこに石板を置く必要があった。

 違和感を感じさせないため、ファラオの面を被せた」


「何をどうやっても違和感ありありだろ」

と真田が言う。


「そうねえ。

 それに、パンだの、ビールだのの話が書いてあったんでしょ?

 中岡さんが居酒屋でのつけを払ってなくて、殴られた、以外の理由なら、変よね」

と堺が言った。


 なんか急にショボイ話になってきたな、と思いながら、晶生は言う。


「そもそも、中岡さんは殴られたんですかね?」

 村がどきりとした顔をした。


「思うんですが、あのびしょ濡れの床に足を滑らせて転倒しただけでは」


「は?」

と間抜けた声を上げたのは、真田だった。


「わ、私じゃないですっ。私のせいじゃないですっ」

 そう言い、両手を振りながら、村は後退していく。


 思えば、彼女は最初から、『私のせいじゃない』と主張していた。

 それは恐らく、自分のせいかもしれない、という思いがあったからだ。


「事の始まりはこうです。


 仕事に慣れていない村さんが、水の出し加減が悪くて、トイレの床を水で溢れさせた。


 此処のモップだけでは埒があかなくて、もう一本、新しいのを取りにいき、戻ってきたとき、掃除中の札が倒れていることに気がついた。


 そして、ドアを開けた村さんは、足を滑らせ、頭を強打した中岡さんを見たんです。


 これはまずい。自分のせいになると、近くのスタジオから、マスクや石板を、トイレからトイレットペーパーを拝借した。


 そして、さも、エジプトの呪いが原因であるかのように装ったんです」


 村はちぎれんばかりに、顔と手を振っていた。


「村さん、随分手慣れてましたね。

 もしかしてですが、今までにも、床をびしょ濡れにしたことがありますか?」


 もしかして、と言ったが、実は確信していた。

 村は、どうしよう、という顔をしている。


 だが、此処で、おかしな嘘をつくと良くない、というのはわかっているようだった。


「そうです。

 水浸しにしたのは、今回が初めてじゃありません。


 でも、前も、上手い具合に、始末できたから、今回も出来ると思ってました」


 そう村は白状する。


「危険な思想ですね。

 前回出来たから、今回も出来る」


 まるで私だ、と晶生は思った。

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