呪われた男 II
晶生は男子トイレの個室を開け、なんだ。別に女子トイレと変わらないじゃん、と思う。
よく考えれば、当たり前なのだが。
男子トイレに入ったのは初めてなので、つい、そんなことを考えてしまう。
極普通の和式トイレだ。
特に異常はない。
トイレットペーパーはまだ半ばまでしか使っていない。
ペーパーホルダーにもうひとつのトイレットペーパー。
左前、戸口のところに昔ながらのタンクがあり、その上に三つ、予備のトイレットペーパーが並べてある。
掃除したばかりだからか、何処も綺麗だ。
まあ、床は水浸しだが。
ドアの上から差し込んでくる外からの日差しで明るいが、やはり、多少暗い。
だが、まあ、電気をつけるほどでもない。
隣のトイレに入ってみる。
こちらは奥に比べ、窓から遠いせいか、もう少し暗かった。
こちらもホルダーにトイレットペーパーはあり、予備のトイレットペーパーもまだあった。
タンクの上には、予備のトイレットペーパーが二つ。
一つは、かなり濡れていた。
「村さん」
とトイレの中から呼ぶ。
「なんですかっ」
と焦ったような声が聞こえてきた。
「今日、トイレットペーパーに水かけたり、落としたりしましたか?」
「今日はしてませんっ」
きょ、今日は?
「あの~、トイレットペーパーの補充、今、しました?」
「しましたよっ」
……何故、こんなに喧嘩越しなんだ、と思ったが、まあ、理由はわかる気がした。
外に出て、晶生は訊く。
「村さん、此処に仕事に来るようになって、何日めですか?」
「一週間ですが、何か?」
なるほど、と思った。
「こういう仕事、初めてですか?」
「親にもらってたゼミ旅行のお金、使い込んじゃって、それで……。
って、今、それ、関係ありますかっ」
と素直に話していたのに、途中で突然、キレる。
「ありますよ。
この局の中、詳しいですか?」
「詳しいわけないじゃないですか。
自分が掃除する場所しかわかってないですよ。
それも迷いそうなのに」
と言い出す。
少し泣きそうになっていた。
なんだか可哀想になってきたので、村に言う。
「貴女のせいじゃないですよ、たぶん」
「えっ」
彼女が何を気にしているのか、わかっていたからだ。
「たぶん……そんなには」
と言うと、村は縋るような目で見てきた。
「お願いしますよ。
クビになっちゃいます~っ」
やはり、先程までは虚勢を張っていたのだろう。
情けなげな声を上げ、トイレに入ろうとして、林田に止められていた。
「晶生ちゃんももう出て。
何かわかったの?」
と林田が訊いてくる。
晶生は林田がまだ捕まえていた美術スタッフの男に訊いた。
「すぐそこで、収録やるんですよね?
あのマスクを使うクイズ番組。
さっき、レギュラーの方たちを見ましたが」
「え、あ、はいっ。
さっき、リハーサルやってて」
と彼は答えたあとで、正気に返ったように叫び出す。
「そうっ。
それで、急いでるんですよ~っ。
一度、返してくださよ、あれ~っ」
と林田に泣きつき、拒絶されていた。
「あのマスク、もうスタジオにあったんですか?」
と晶生が訊くと、
「スタジオの隅に運んだところだったんですよーっ。
急に消えちゃって、慌ててたら、こんなことに~」
もう帰りますよっ、と言いざま、スタッフは走って逃げた。
大変そうだな、と思いながら、その後ろ姿を見送る。
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