呪われた男  I


 

「そう長引きそうにないな」

 横目に彼らを見ながら、沐生が言う。


「だって、殺人事件でもないし。中岡さんの意識もすぐに戻るかもしれないしね」


「じゃあ、お前も帰れ。

 水沢は居なくなったんだし、用はないだろう」


「あ、終わったみたい」

と言うと、沐生が舌打ちをするのが聞こえた。


「沐生こそ、仕事に戻りなさいよ」

と言ってみたのだが、今、休憩だ、と返される。


 まあ、局中が浮き足立ってるから、撮影も進まないかな、と思った。


 林田に許可を貰い、晶生は、爪先で歩き、トイレの中に入った。


 一番奥の掃除用具入れを開けてみる。

 そこには折れていないモップがあった。


 絞ってはあるようだが、ぐっしょりと濡れている。


「……なるほど」


 男子トイレの個室はふたつ。

 そのうち、掃除用具入れの近くの方を開けてみた。

 


 


「なにしてるの? そんなところで」

 テレビ局の外をうろうろしていた真田に声をかけてきたのは、堺だった。


 うわっ、と真田は逃げそうになる。


 とっさに、

「いやー、近くを通ってたら、救急車が来たので、なにかなー? と思って」

と言った真田に、


「晶生ちゃんなら、中よ」

と堺は笑う。


 晶生が水沢樹里に呼ばれたと聞いて、なんだか気になってついてきてしまったのだ。


 テレビ局には、長谷川沐生も居るかもしれないからだ。


 堺さんが居るってことは、やっぱり、沐生も居るんだな、と思っていると、堺は振り返りながら、

「よくわからないんだけど。

 水沢樹里の婚約者が暴漢に襲われたとかなんとかで、凄い騒ぎみたい」

と言い出した。


「ええっ」


「ま、その状況で、あの小娘が首を突っ込んでないはずがないわよね」


 だから、行ってみようかと思ったんだけど、という堺に、あんた、沐生じゃなくて、晶生のマネージャーか、と思った。


「命に別状はないみたいだけど。

 水沢樹里を好きな人間の逆恨みかしからね」


「でも、顔、公開してないですよね、その婚約者の人」


「うん。

 でも、いそいそと樹里が連れて歩いてたら、わかるわよね」


 そこで、こちらを見て、堺は、にんまり笑う。


「いいわよ。

 入れてあげるわ。


 一緒に晶生のお手並み拝見に行きましょ」


 誘われるまま、エレベーターに乗った。





 他に誰も乗っていないエレベーター。

 隅に立つ真田は訊いた。


「あの、堺さんは、晶生とは長いんですか?」


 んー? とスケジュール帳を見ながら堺は言う。


「そうねえ。

 マネージャーとか始める前からだからねえ。


 小生意気な子役だったわよ、晶生は」

と言う。


「堺さんも役者とかやってたんですか?」

と訊くと、ちょっとだけ、と言った。


 なんで、マネージャーになったのかな。


 性別不明だから? と思いながら、整った堺の顔を眺めていると、彼はそれに気づいて笑い、手帳を閉じると、

「そこ、立たない方がいいわよ」

と言ってくる。


 足許を指差され、えっ、と真田は今自分が居た場所から飛んで逃げた。


「沐生が時折、そこじっと見てるから、たぶん、なにか居るのよ」


「そ、それは……」


 確かになにか居そうだ、と思ったとき、目的の階に着いたようだった。


「あ、林田さん」

と何故かいい匂いのするビニール袋を手にしたまま、鑑識の人間と話している男を見る。


「あれっ? 真田くん、どうしたの?」

と言いながら、堺を見て頭を下げる。


「姫なら、中だよ」

と苦笑いして、トイレの中を指差す。


 ……やっぱり、と堺と顔を見合わせ、苦笑いした。





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