テレビ局 II
樹里め。
人を呼んでおいて、居ないとはどういうことだ。
晶生はひとり、廊下を歩いていた。
堺に樹里の楽屋までは連れていってもらったのだが、彼女はもう居なかった。
樹里のマネージャーの後藤さんが、ごめんね、急に打ち合わせの時間が変わって、と謝ってくれた。
しばらく話していたが、樹里が戻ってきそうにないので、三十分したら来てね、と何故かジュース代を渡された。
千円だ。
今度は千円のジュースか、と思いながら、特に用もないので、言われるがまま、自動販売機を探して、局内を彷徨っていた。
テレビ局は、テロに遭ったときのために、迷路のような構造になっているというが、本当にわかりにくい。
母親がよく見ているクイズ番組の収録が近くであるらしく、テレビで見たタレントたちが横を通っていく。
笹井もそのスタジオに居た。
ちらとこちらを見た人には、一応、おはようございます、と挨拶をしておく。
制服を着たままなのだが、生意気なエキストラだとか思われたら嫌だな、と思ったからだ。
すると、こんな場所でも、やたら目立つ男がエレベーターを降りてきた。
まあ、単に自分の目につくだけなのかもしれないが。
「なにしに来た」
と開口一番、長谷川沐生は毒を吐く。
「来たっていうか、呼ばれたのよ。水沢樹里に」
「あの女が今更、お前になんの用だ」
自分の映画のヒロインだろうに、この間、犯人にされかけたせいか、そんな言い方をする。
「えーと、婚約者の人を紹介したいとかなんとか」
「じゃあ、自分がお前のところに行けばいいだろう。
何故、お前を呼びつける」
「まあ、忙しいだろうから」
と言い終わらないうちに、沐生は、帰れ、と言い出した。
「いや、帰れって言われても――」
「この世界に未練がないのなら、今すぐ帰れ」
お前は呪いの森の番人か何かか、と思ったとき、近くで悲鳴が上がった。
見ると、さっき鼻歌まじりに晶生とすれ違った掃除スタッフの女性がトイレの前で、モップを落とし、立ち竦んでいる。
「どうかしましたか?」
近かったので、沐生とともに、一番乗りで行くと、
「あ、あれ……」
と中を指差す。
トイレのドアは女が開けたのか、開いていた。
彼女の足許には、倒れた『掃除中』の黄色い看板。
そして、トイレの中には、ツタンカーメンが居た。
「幻覚……?
トイレにエジプトのファラオが居るみたいなんだけど」
「いや、俺にも見えてるぞ」
男子トイレの床に、ツタンカーメンが寝ていた。
黄金のマスクを被り、身体の上に、ミイラに見立てたように、トイレットペーパーがとぐろを巻くようにかけられている。
床は一面水びたしで、黄金マスクの横には、小さな花束と石板、黒く細い花瓶が転がっていた。
「ナイルを流れて行く王と花束、みたいになってるけど」
「……美しい例えだな」
冷静に呟いている間、横に立つ掃除の女が、自分たちの分も悲鳴を上げ続けてくれていた。
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