ファラオの呪い I
「わ……私じゃないですっ。私じゃないんですっ。本当なんですっ」
駆けつけた野次馬たちが、警察だ、救急車だ、と騒いでいると、村、という名札をつけた若い掃除の女が叫び出す。
「いや、貴女が犯人だとか言ってませんけど」
と言う晶生の前で、
「私じゃないですっ。
私のせいじゃないですからっ」
そう叫び、わっと泣き出す。
「あの、気を失ってるだけですよ、この人」
と言うと、えっ、という顔をした。
「ほら、見てください。
トイレットペーパー、少し濡れて、服の上でくったりしてますが、よく見れば、お腹の辺り、へこへこ動いています」
トイレの外から身を乗り出して中を見ていた村は、
「ああ……ほんとだ」
と安堵したように息を吐いた。
晶生は、彼女が廊下の床に落としているモップを手にする。
それを見た村が言った。
「すみません。あの、お掃除しようとして」
「そうなんですか。
もう掃除中の看板、出してらっしゃいましたよね」
「あ、えーと……。
出したあとで、此処のモップ、使えないって気がついて」
「使えないって、折れてたとか?」
と訊くと、
「ええ、そう」
と言う。
「じゃあ、その折れてた方のモップ、どうされました?
まだあるのなら、見せていただきたいんですが」
そう言うと、いきなり、村はキレる。
「なんなんですかっ。
貴女、警察っ?」
「違いますけど」
そこで、唐突に、沐生が、
「晶生。
この女が犯人だ」
と言い出した。
「挙動不審過ぎる」
ええーっ、と村が声を上げる。
面倒臭くなったらしい。
本当に困った男だ。
ドラマの中では、名探偵だし。
本人も洞察力も推理力もかなりあると思うのに。
芝居のこと以外では、生きる気あるのか? と問いたくなるような手抜き人生だ。
「晶生っ」
と声がして、振り向くと、水沢樹里が野次馬をかき分けてやってきた。
トイレの中のツタンカーメンを見た途端、彼女は、
「……あんた呼ぶんじゃなかったわ」
と呟く。
「なんでよ」
「だって、あんたが来ると、必ず、死体が現れるんだもの」
「待って。
前回、あんた死んでなかったわよね。
今回も死んでないから。
そうだ、婚約、おめでとう。
これはお祝いじゃなくて、手土産」
と焼き菓子を渡すと、あ、ありがとう、と言う。
本当は違うものにしたかったのだが、学校帰りで時間がなかったから仕方がない。
晶生は背伸びをし、トイレの中を見る。
既に野次馬が晶生たちより前に出ていたが、ぼちぼち身長があるので、その上からでも中が見えた。
「救急車、まだなの? あのマスク、呼吸しづらそうね」
と晶生が言うと、沐生が、
「そりゃ、本来、死んだ人間にかけるマスクだからな」
と言う。
呼吸のための穴などないか。
でも、ミイラって本来、死者が再生したときのためのもののはずだが。
突然、生き返ったら、どうするつもりだったんだろう。
まあ、内蔵もない状態で、呼吸して起き上がるかとか言われると、ちょっとあれだが。
「沐生、ハンカチ貸して」
と言うと、
「持って歩け、女子」
と広げた手のひらにハンカチを叩きつけられる。
奇麗にアイロンのかけられたそれを見て、晶生は眉根を寄せた。
「なんだ」
と言う沐生に、別に、と言う。
樹里が、
「晶生、なにする気?」
と晶生の腕を掴んでくる。
「仮面を剥がすのよ」
呪われるわよ、と樹里は言う。
「呪われないわ。
理由があるの」
と言った晶生は、野次馬の隙間を潜り、あまり、足跡をつけないよう気をつけながら、トイレに踏み込んだ。
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