夕焼けの屋上


 いい夕陽だ。

 いや、夕陽は嫌いなんだが、と再び真田に屋上に呼び出された晶生は、今日は静かな商店街を見下ろす。


 嫌いだが、綺麗だな。

 あのときと同じだ。


 街に沈む夕陽の光が、あの日、ダムを染めていったそれとかぶって目が痛い。


「晶生。

 結局、犯人は捕まらないままなんだな」


 後ろから真田が話しかけてきた。


「捕まらないわよ。

 きっとずっと。


 そのうち、なんかの番組でやるわよ。

 昔、こんな事件かありましたね、迷宮入りですがって。


 そのとき、樹里が過去の人になってなきゃあるわよ」


 いや、なってても呼ばれるか、と薄情なことを言ってしまう。


 だが、真田は真面目な顔で訊いてくる。


「お前には真相がわかっているのか?

 あのマネージャーの人と病院行ったんだろう?」


 その途端、水沢樹里は証言を翻した、と言う。


「そのようね」


 そのようねってな、と真田は言ったが、すぐに、

「まあいい」

と言う。


「まあいいんだ?」

と晶生は笑った。


 真田のそういう細かいことにこだわらないところは嫌いではない。


 だが、真田は、

「晶生」

とより真剣な顔になり、呼びかけてくる。


「俺にとっての大事はそこのところじゃない」


 晶生、と手を握られたので、すぐさま、振りほどいた。


「なんなんだ、お前はっ」

と言われる。


「いやー、私、男の人に手を握られるとか苦手なの」

「……なんでだ?」


「なにかこう、穢れた感じがしない?」

と言うと、ご挨拶だな、と言われた。


「お前、彼氏にでもそんなこと言うのか」

「そんなもの居たことないから、わからないわ」


「長谷川沐生はお前の彼氏じゃないのか」

「あれはお兄ちゃん」


 うっかり風呂の戸を開けてくるくらいお兄ちゃんだ。


 別の男がやったら、ぶっ飛ばすな、と思っていた。

 例え、それが堺でも。


 でも、まあ、あの人、境界線に居るからな……。


「で、またなんの用事なの?」

と訊くと、真田はちょっと困った顔をしていた。


「……須藤晶生さん」


 ちょっとの間のあと、そう呼んでくる。


 何故、フルネーム?


 そして、何故、『さん』? と思っていると、真田は顔を手で押さえ、しばらく悩んだあとで言ってきた。


「俺と……その、付き合ってくださいっ。

 お友達からっ」


「……友達じゃなかったけ?」

と言うと、いつもの喧嘩腰の口調になって言ってくる。


「いや、そうなんだがな。

 いきなり付き合ってくれってのは恥ずかしいだろっ」


「よくわかんないけど、友達でいいんなら、今のままでいいじゃん」


 真田がなにか言いかけたが、無意識のうちにか、遮ってしまう。


「そうだ、真田くん。


 今度、おじいちゃんとこおいでよ。

 おじいちゃん、弓道もやってんだ。


 真田くんが強いって言ったら、会いたがってたよ」


「へー、お前の爺さんが。

 行く行く。


 やった。

 これで合法的に見れるな」


「なにが……?」


 いやいや、と真田は笑っている。


「今度、カメラ持って行くよ。

 いつでも誘ってくれ」


 なに撮る気だ、こいつと思いながら、また下を見た。


 夕陽に沈む街を車が走っている。


 晶生にはそれが夕暮れのダムの底を走っているかのように見えていた。




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