沐生の取り調べ III



 取調室のドアがノックされ、見たことのない刑事が堀田に耳打ちすると、堀田が舌打ちをした。


 苦い顔でこちらに戻ってくる。


「帰れ、須藤沐生」

と言う。


「水沢樹里が証言を翻した。

 犯人は、フルフェイスのヘルメットをかぶった、細身で、色の黒い背の高い男だそうだ」


 何故か、自分より、林田の方がほっとした顔をしていた。


「須藤晶生が、水沢樹里に会ったようだ。

 また、あの子に助けられたな、長谷川沐生」

と昔の名前であり、芸名である名を堀田は呼ぶ。


 なにかそこに意味があるかのように。


「あのお嬢さん、また犯人を消しやがったな……」

と呟くのが聞こえた。


「まあ、それは置いておいて」

と溜息をついた堀田は林田に指示し、コンビニの袋を持ってくる。


「こんなことがバレたら、大変なことになるんだが」

と真顔で言ってきた。


「長谷川沐生。

 ……サインをくれ」


「すみません、僕も」

と林田も笑っている。


「すまん。

 うちの嫁と娘たちがお前の大ファンなんだ。


 お前をしょっぴくのだって、俺は命がけなんだ」


 帰ったら、晩ご飯もないかもしれん、としょぼいことを言い出す。

 いつもの鋭い眼光とのギャップについ、笑いそうになる。


 もちろん、笑わなかったが。


 まあ、誰だって、自分の家族には弱い。

 自分が晶生や、晶生に家族に弱いように。


「別にいいですよ」


 サインしたあとで、軽く肩を回す。

 ちょっとまた凝ってきたな、と思う。


 晶生の祖父の神社に行くか、と思った。

 たいした力もないようなのに、あそこに行くと、すうっと身体が軽くなる。


 沐生はおのれの肩を振り返った。


 ずぶ濡れの男の顔がそこにあった。

 自分の肩に両手を置いている。


「じゃあ、失礼します」

となにも顔には出さずに、沐生は言い、立ち上がった。




「ただいま」


 幻聴だろうかな。

 風呂で本を読んでいた晶生は思った。


 帰ってみたら、『地区の会合のあと、みんなでスナック、カラオケ』という失踪届けがダイニングのテーブルの上にあった。


 娘が夜遅くまで帰ってこないっていうのに、この人たちは本当に、と思っていた。


 まあ、使い込みが発覚し、失踪した家の息子をなんの評判も気にせず、さらっと引き取る人たちだからな、と笑ってしまう。


 風呂の戸が開いて、沐生が顔を出した。


「ただいま」


「……お帰り」

と言いながら、風呂場の戸をナチュラルに開けるな、と思っていた。


 だが、自分のマンションではなく、此処にわざわざ帰って来たということは、実は警察に連れて行かれたのが、相当嫌で、解放された解放感に満ちあふれて、浮かれているのかもしれないな、と思う。


 まったく顔には出ていないが……。


「やっぱり、俺の本、風呂で読んでるじゃないか」

と読みかけのミステリーを取り上げられる。


「濡らしてないってば」

と文句を言いながら、空いた手で、風呂の縁にあったタオルを取り、身体を隠す。


「いきなり開けないでよ」

と言うと、


「兄妹だろう」

と淡々と言ってくる。


「……あの、年頃になったら、本当に兄妹だって、風呂開けないからね」

と言うと、


「そうなのか」

と言い、沐生は素直に戸を閉めると、そのままリビングに戻ろうとする。


「沐生。

 警察でご飯食べさせてもらった?」

と訊くと、いや、と言ってくる。


「もう~、しょうがないなあ。

 今、あっためるから待っててよ」

と言い、外に出た。





「お前、堺さんと病院行ったのか」


 ダイニングテーブルに着いた沐生が訊いてくる。


「そうよ。

 あの人が連れてってくれなきゃ入れなかったわ。

 沐生からもよくお礼言っといてね」


 だが、沐生は、ふうん、と気のない返事をするだけだ。


「証言を覆すよう、樹里に会いに行って、脅してきたんだけど」

と言うと、おい、という顔をする。


「病室に入るのに、サブマネージャーとか名乗ってくれたのよ、あの堺さんが」


 堺はあの口調のせいで、一見、温厚そうに見えるが、実は、気性が激しいし、プライドも高いのに。


「沐生、ちゃんとお礼言うのよ」

と言ったが、

「別に俺のためにやったわけじゃないだろ」

と素っ気なく言ってくる。


 そりゃ、沐生が何日も警察に留められていると仕事に支障が出てくるからというのもあるだろうが。

 それだけが理由で協力してくれたわけではないと思うのだが。


 もう長い付き合いだし。


「可愛くないなあ」

と言ったとき、チンと音がした。


 そちらに行こうと背を向けたとき、沐生が呼んだ。


「晶生」

 振り返ったが、なにも言わない。


 黙って見つめていると、

「腹が減った」

と言う。


「だから今、あっためてるんですよねーっ。

 貴方のためにっ」


 まったく、手のかかる兄だことっ、と文句を言いながら、熱い皿を取り出す。


 まあ、兄だなんて本気で思ったことは一度もないが。

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