面会  III


「ねえ、晶生」

 病院の廊下を歩きながら、堺が訊いてくる。


「沐生は生きている人間と死んでる人間の区別がつかないって言うけど、あんたは区別ついてるの?

 同じくらい力が強そうなんだけど」


 晶生は、今、このタイミングで訊きますか、と思ったが、今、このタイミングだから訊いてきたのだろう。


 正面からおじいさんが歩いてきているが、恐らく生きてはいない。


 だが。


「確かに境目が難しいです。

 めちゃくちゃはっきり見える人も居るし。


 私も沐生も感覚的に、この世とあの世の堺に居るからでしょうかね」


「それでなんかいいことあるの?」

と堺は訊いてくる。


「いや、ありませんよ、今のとこ。

 いいことあるから、見てるわけでもないし。


 見たくなくても見えるし。

 見たいものは見えなかったりする」

と沐生を思った。


「今回は樹里が生きてるから意味ないけど、被害者が死んでるときは、犯人教えてくれたりすんの?」


「いや、そんなに殺人事件とか出くわさないですから。

 でも、霊の言うことも正しくはないから。


 もう完全に錯乱してる霊とか居るし。

 正気だと、逆に保身に走って嘘ついたりするし、誰かをかばったりもする。


 霊も生きた人間と同じなんですよ。

 だから、彼らの意見が聞けたとしても、それが正しいとは限らない」


 ふうん、と堺は言った。


「霊もいろいろと勘違いしているんですよ」


 水沢樹里の病室の前には、警官が居た。


 まだ犯人が捕まっていないからだろう。

 樹里がまた狙われるかもしれないから。


「どうも」

と堺が警官に笑いかける。


 若いその警官は赤くなった。


 うん、まあ。

 ちょっとガタイが良くて、ハスキーボイスの美女に見えるよね、と晶生は思った。


「水沢樹里のサブマネージャーの堺です。

 この子は樹里が昔居たグループの子で」


 プライドの高い堺さんが、サブマネージャーとか名乗るなんて、と晶生は衝撃を受けていた。

 もちろん、樹里のところとは、事務所も違う。

 此処を通るための方便だ。


「どうぞ」

と笑顔で通され、堺は小声で言う。


「あとでなんか奢りなさいよ」

「も、申し訳ございません~」

と晶生は苦笑いして言った。


 しかし、樹里がいきなり、この人たち追い出してとか言い出したら、どうしようかな。


 ま、なんとかして、おとなしくさせるか、と思う。

 怪我人だから、あまり手荒な真似はできないが。


「なに考えてんの、晶生。

 悪い顔してるわよ」

 さっきも、と言ってくる。


「さっき?」

と見ると、車乗ってるとき、と言う。


「そういうとき、ぞくっと来るような顔すんのよ、あんた。

 その顔が物凄い好きなんだけど」


 だから、思わず、動揺しちゃった、とか言ってくる。


「そ、そうなんですか。

 ありがとうございます(?)」

とこちらこそ動揺して、よくわからない答えを返してしまう。


 中に入ると、樹里は個室なのに、何故かカーテンを閉めていた。

 寝ているのかな、と思いながら、そっと近づく。


 悪いと思ったが、少し開けてみる。

 顔色は悪いが、そう苦しそうでもなく、樹里は寝ていた。


 沐生はメイクしていないと誰だかわからないと言っていたが、素顔でもそう悪くはない。


 華やかさには欠けるが、それは今、怪我人だからかもしれないし。

 そんなことを思って眺めていたら、ふいに樹里が目を開けた。


 カーテンを掴んだまま止まっていると、樹里が、

「……晶生?」

と言ってくる。


「え、なんで私を知ってるの?」

と言うと、樹里は可愛い顔で舌打ちしてきた。


「言うと思ったわ、晶生。

 昔、一緒にショーに出てたじゃないの」


「……樹里!

 前田樹里じゃないの」


「今は水沢。

 名前変えて、アイドルやって、今は、一応、女優のつもり」


「ごめん。

 顔変わってたからわからなかった」

とうっかり言うと、樹里は、殴るわよ、と言ったあとで、ふう、と溜息をつく。


「あんたと沐生は本当に似てるわね」

と言ってきた。


「二人とも私がわからないうえに、顔が変わってるとか言うんだから」


「待って、樹里。

 樹里なら、なんで、沐生が犯人だなんて嘘ついたの?」


「犯人だなんて言ってないわ。

 フルフェイスのヘルメットをかぶった沐生に似た男に刺されたと言っただけよ」


「沐生みたいな男がその辺に居るわけないじゃないの」

と言うと、

「あんたもいきなりのろけるわね~」

と苦笑いして言ってくる。


「のろけてるわけじゃ……」

と言いかけたが、わかったわかった、と流される。


「沐生は昔からあんたしか見てなかったじゃない。

 いや、別に私はあんな無口な男好みじゃないから、それで恨んでとかじゃないわよ」

と言ってくる。


 此処に来る前から、犯人の条件を幾つか考えていた。

 それに今、もうひとつ増えた気がする、と晶生は思った。


「樹里、沐生が警察に連れてかれたわ」


「沐生は関係ないんだから、すぐ解放されるわよ」

「そうだと思うけど」


 気になるのは堀田の存在だ。

 あの男は、身内の証言だから、正式には認められないとは言え、一応、アリバイのある沐生を何故、わざわざ警察に呼んだのか。


 彼は、沐生に、他に訊きたいことがあるのではないか。

 早く沐生を解放させなければ。


「ねえ、樹里」

と実は昔なじみだった女に呼びかける。


「沐生に似た男があんたを襲ったなんて嘘でしょう?

 警察にちゃんと言ってよ」


「本当よ」

「樹里」

「もう帰って」


 晶生は腕を組み、樹里を見下ろして言う。

「樹里、証言を撤回しなかったら、殺すわよ」


 ふん、と樹里は鼻で笑う。

「そんなつまらない脅し」


「やるわよ。

 一人も二人も同じだから」


 そこで、晶生は少し考え、

「二人も三人も同じだから」

と言い直す。


「あんた、増えてってるわよ!?」

と身を守るようにか、布団を掴んで、樹里は叫んだ。


「ってか、あんた、リアリティがありすぎて怖いのよっ」


「それか、真犯人を警察に突き出す」

 そう言うと、樹里の顔色が変わった。


「犯人なんて、あんたにわかるの?」


「わかってるわよ」

 堺がこちらを見る。


「樹里の顔見てたら、それしかない気がしてきたから。

 それでなくとも、条件絞っていったら、他にないのよ」


「……なんで?

 あんた昔からなんか見えたから?」


 晶生はくすりと笑う。


「見えてても関係ないじゃない。

 あんたも犯人も死んでないのに。


 あそこに居る霊が犯行を見てたとしても、まともに喋りそうなのは一人しか居ないうえに、その男、喋る気ゼロだからね」


「……あそこなにが居るのよ。

 まだ撮影はあるのよ」

と嫌そうな顔をする樹里に少し笑った。


「ねえ、晶生。

 なんで誰が犯人かわかったの?」

と樹里が訊いてくる。


 逆らうのなら、犯人を突き出す、という言い方をしたことで、自分が真犯人に正しく辿り着いていると理解できているようだった。


「あんたが沐生に似た男が犯人だって言ったからよ」


 樹里、と彼女を見下ろして言った。


「あんたはお祖母ちゃんと、お父さんが守ってくれてる。

 なにも迷ったり不安になったりしなくていい。


 あんたが幸せになるように見てくれてる」


「……晶生。

 ありがとう。


 でもあの、うち、お父さんは死んでないんだけど」


 えっ、と晶生は樹里の後ろのテーブルとベッドの間を見直す。


「あの、場所、指定しないで」

とその視線を追いながら樹里が言った。


 自分の身内だろうにな、と思う。


「でも、この人、樹里のお父さんなんだけど。

 ……あ、ごめん」

と言って見るのをやめると、


「なにがごめんなのよっ。

 違う意味で怖いわよっ」

と叫び出す。


 それ、何処のお父さんなのよっ、と。


「じゃあね、樹里」

と手を挙げると、


「あんた、相変わらず、マイペースねえ」

と言ってくる。


「いい? 樹里。

 証言を撤回するときには、こういうのよ。


 刺されて倒れたときも、この映画、どうなってしまうんだろうと、そればかり考えていたので、頭に長谷川沐生さんの姿が浮かんでしまいました。


 ちょうど、フルフェイスのヘルメットをかぶった彼のシーンを最近取ったばかりだったので。


 痛みとショックで、ちょっと混乱していたみたいです。


 犯人は、フルフェイスのヘルメットをかぶった、細身で、色の黒い背の高い男です」


 最後の言葉に、樹里が目を見開く。


 警察に話すとき、彼女の参考になるように、感情を込めて言ってみた。


「女優なら、台詞、一発で覚えられるわよね」

と言うと、

「あんたじゃないのよ」

と苦笑される。


「でも、だいたい、そんな感じのことを言っておくわ。

 特に最後のとこ」

と言う。


 ねえ、晶生、と友人の顔で話しかけてきた。


「私、沐生じゃなくて、あんたの方が役者になると思ってたわ。

 あんたの芝居、鳥肌が立つほど凄かったから」


「ああ……あの役」

と晶生は素っ気なく言った。


 そうだな。

 堺の言葉は正しい。


 役者はおのれの引き出しを開けて、みんなに見せる仕事。


 ならば、私は役者になるべきではない。


「樹里、ひとつ教えてあげるわ。

 沐生が人を刺すときは、きっと、うっかり助かったりするように刺したりはしないのよ。

 私も同じ。


 それから、今度、沐生に罪を押しつけるようなことしたら、ただじゃおかないからね」

と言うと、はい、わかりました、と何故か畏まる。


 そういえば、樹里の方が私より年上のはずなんだが、と今更ながらに思った。


 芸能界は芸歴で先輩後輩が決まるので、あまり関係ないが。





 病室に外に出た堺は、

「樹里が、警察に話があるらしいですよ」

と笑顔で警官に告げる。


「えっ、ほんとですか?」

「思い出したことがあるみたいで」


 慌てて警官は中に入って行った。


「ねえ、晶生。

 なにか奢ってくれるんじゃなかったの?」

と廊下を歩きながら、ご機嫌で言ってくる。


「子供にたかりますかねー」

と言いながらも、仕方ないですね、と晶生は少しだけ、普通の女子高生の顔に戻って笑った。


 堺もまた、その表情を見て微笑ましげに笑う。


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