懐古ホテル  I

 

 今日も撮影はやっているようだった。


 晶生は、学校帰りにあのホテルを覗いてみた。


「晶生さん」

と吉田がにこやかに出てくる。


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

と言うと、はい、どうぞ、と軽く通してくれた。


「沐生さん、帰ってこられてよかったですね」

「ありがとうございます」

と言ったあと、あの中央の少し湾曲した階段に向かう。


 遠藤は今日もそこに座って人を見ているようだった。

 階段の脇にある花のない巨大な花瓶の向こうに、その姿が見えていた。


「遠藤」

と呼びかけると、


「ああ、晶生。

 沐生が戻ってきたようだな」

と言ってくる。


 沐生は奥で撮影しているようだった。


「犯人を警察に突き出してやったのか?」


 いいえ、と横に立った晶生が見下ろし、言うと、

「なるほど。

 お前らしいな」

と笑う。


「お前になら、犯人がわかると思っていたよ。


 お前は――

 人を殺したことのある人間だから」


 少し離れた位置から、堺がこちらを見上げてた。


 遠藤の声は聞こえてはいないはずだが、堺には、なにもかもわかっている気がした。


 黙って、こちらを見ていたが、少し目を伏せたあとで、行ってしまう。


『晶生ちゃんだとなにかこう、なんとかしてくれそうだから』


 今はあまり女性っぽくは見えない堺の背を見送っていると、

「名探偵、みんなを集めて、さて、と言わなくていいのか?」

と遠藤は言ってくる。


 晶生は側に腰を下ろして言った。


「今、言ったじゃないの、自分で。

 私は探偵じゃなくて、殺人犯よ」


 あれ、老朽化で落ちてこないのかなあ、とロビーの古いが雰囲気のあるシャンデリアを眺める。


「で?」

 ん? と遠藤を見た。


「犯人は誰なんだ」

「……本当に知らなかったの? 犯人」


「私は此処に座っているだけの霊だ。

 超能力者でもなんでもない。


 私が見ていない場所でなにが起こっていても知るものか」


「威張って言うところなの? そこ」

と晶生はおのれの膝で頬杖をついた。


「教えてくれないのか、晶生」

 長い脚を少し揺らし、苛ついたように、遠藤が言うので、笑ってしまった。


「それとも、私に謎解きさせようとでも言うのか」


「だって、暇なんでしょう? 遠藤。

 ずっとそこで刺されてるだけだから。


 それに貴方は知っているわ。

 誰もが知らなかった真実をひとつ。


 だって、貴方は、ずっとそこに座ってたんだから」


 遠藤はそこで少し笑って見せた。


 そういう表情をすると、厭味なくらい端正な顔が引き立つ。


「そうだな。

 あのときのあの女は、美しかったな。


 いつもは鼻につく笑い方をしたり、隙のない目つきだったりして、あまり好みのタイプの女じゃないんだが」


 芝居もあまり上手くないしな、と付け加える。


「だが、あの日の芝居は上手かったぞ。

 あの吉田とかいう男に笑顔で話しかけ、大事そうにケーキの箱を抱いていた。


 みなに背を向け、この階段を上がっていったときだけは、脂汗を流し、歯を食いしばっていたけどな」


 その必死な顔が、人を小莫迦にしているような普段の表情とは違い、美しかった、と遠藤は言う。


 そう。樹里はこの階段を上がるときには、もう刺されていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!