廃墟ホテル
撮影が終わったら解体するというそのホテルは、クラシカルなエントランスだった。中に入ると、また一層。
入って左手のど真ん中に、優雅に湾曲した階段。
突き当たりのフロントの上には二人の天使の彫刻が彫られていた。
「小さいけど、昔は小洒落たホテルだったんだろうね」
と晶生が呟くと、真田は、
「今は廃墟に近いがな。
どんな怪奇ものだ、此処で撮るのは」
と言い出す。
「ミステリーよ」
と横に居た日向が言った。
なるほど、雰囲気は抜群だ。
ロケハンの人たちが忙しそうに立ち働いているので、真田と二人、隅に行って大理石のような丸い柱の前に立ち、眺めていた。
「忙しそうね」
「そうだな」
「あのベルボーイの人とかも」
「ベルボーイ?」
「ああ、ごめん。生きてなかった」
生きている人間が忙しそうだから、霊がつられるのか。その逆か。
真田が少し、晶生から離れた。
「なによ」
「お前と居ると、余計なものが見えてきそうだ」
「大丈夫よ。
こんな見えやすい場所で、何も見えてないのなら、何処でも見えないわ」
しばらくそのまま眺めていたが、真田が居心地悪そうに呟く。
「俺たち、暇で、なんだか申し訳ないな」
「じゃ、コード引っ張るのとか手伝う?」
と晶生は笑った。
そのとき、入り口から、外の強い光を背に、男が現れた。
思わず、みんなが振り返り、挨拶をする。
長谷川沐生だ。
誰もが沐生に合わせて、視線を動かしていたが、沐生は誰にも一瞥もくれず、挨拶も返さずに、ロビーの中央を歩いていく。
「……なんかすげえな」
と自らもまた、とり憑かれたように見ながら、真田が呟いた。
人を惹きつける、あのオーラの源がなんなのか。少しわかる気がする、と晶生はその姿を見まいとするように目を伏せた。
「あれっ? 晶生ちゃん」
沐生のマネージャーの堺がやってきた。
「どうしたの? 見学? 珍しいわね」
「ああ、堺さん。この人、私の同級生の真田くん。
日向のファンで入れてもらったんだけど。今、沐生のファンに鞍替えしたらしいですよ」
と早口に言うと、ああ、と堺は笑ってみせる。
「なるほど。それは光栄。
ああ、ごゆっくりね。
晶生ちゃん、暇なら、客の役ででも出てみる?」
出ませんよ、と笑うと、行ってしまう。
笑顔で堺を見送りながら、真田が晶生の制服の裾を引く。
「おい。あの人、男? 女?」
まあ、判断に困るよな、と思っていた。
あの言葉遣いだし、ショートカットでちょっと体格のいい美女にも見える。
「いや、あの、男だと思う。
……確かめたことはないけど」
昔から、沐生についている人だ。
気心も知れているが、そういえば、改めて、男ですよね? と確認したことはなかった。
撮影が奥の方で始まり、真田はそちらに釘付けになる。
晶生はひとり、それとは反対側に向かった。先程から気になっていたものがあったからだ。
湾曲した階段に男が座っている。
クリーム色のスーツを着た男だ。
同色の帽子を被っている。
にやにやと笑って撮影隊を見ていた。
顔は整っているが、ちょっと嫌みな感じがする。
沐生が言っていたのは、この男だろうか、と思いながら近づいた。
「やあ、お嬢さん」
と男はすぐにそう言い、帽子を軽く持ち上げてみせる。
「貴方、生きてる?」
階段に足をかけ、そう問うと、まさか、と男は笑う。
「こんなところでなにしてるの?」
「人を眺めてるんだよ。
生きているときはせわしなくて気づかなかったが、こうやって、ぼんやり人を見ているのも面白いものだね」
霊はこちらを振り返り言った。
「もうすぐ誰か死ぬよ」
「えっ」
人が死ぬ、と霊は言った。
「わかるの?」
「殺される、と言った方がいいかな。
私を殺した女と同じ気配がするからね」
「何処から?」
「さあて。上の方だね」
と階段上、二階を指差して見せる。
「細かいことはわからないね。
私は此処から動けないから」
いつの間にか男の腹には血のシミが広がっていた。
ナイフは下に落ちている。
それを拾うべきなのか、どうかなのか。
迷いながら見ていると、男は言った。
「いいよ。
このまま、刺されていたいんだ」
そのままナイフを見ていた自分に男は言う。
「同情すると、連れていかれるよ。
霊ってのは、そういうもんだ。
まあ、君にはよくわかってるか。
それだけ力が強かったら、今までにもいろんなものを見てきただろうからね」
そのとき、誰かが側を歩く気配がした。
少し行き過ぎたところで止まったその人物を振り仰ぐ。
長谷川沐生だった。
「上がらないで、沐生。上で殺気がするって言ってるわ」
「その男はいつも、誰か死ぬと言ってるぞ」
「そうなの?」
「ほんとだよ」
と男は二人に向かい、笑いかける。
「つまり、お前たちが来るようになってから、ずっと殺気がしているというわけさ」
そう言う男を沐生は黙って見下ろしていた。
そのまま身を翻して上がっていこうとする。
「待って」
と晶生は立ち上がり、追いかけようとした。
「おやおや、二人ともお人好しだね」
そう男は笑う。
晶生は振り向き、男に訊いた。
「貴方、名前は?」
「……遠藤」
少し帽子を持ち上げ、彼はにやりと笑う。
「久しぶりに名乗ったよ」
そう言って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます