第1章 夢ミル者タチ

第1話 夢ノ世界




 ーーキィン!


 金属同士がぶつかる音が洞窟どうくつ内に響き渡った。

 二つの影はお互いに距離を取ったかと思うと、両者は武器の鈍く光る残像を伴いながら再び激しくぶつかり合った。

 ギリギリという金属がれる音がしたかと思うとカタナを持った男は、ハッ! と言う声とともに持っていたカタナを相手の武器であるサーベルに叩きつけ、ノックバックさせた。



「セイ、今だ!」


「おう」



 後ろで気配を完全に消していた全身黒ずくめの無表情の男は、やる気の無い返事とともにカタナを持っている男と入れ替わる。

 フッ、と息を吐くと同時に、右手に持つ銀に輝くレイピアから、やる気からは想像もつかない速度で五連撃が放たれ、対峙たいじしていたオークのイノシシの様な顔に吸い込まれるように当たる。


 ポリゴンが弾け、グギャァとオークが悲鳴をあげると同時に、オークの頭の上に表示されていた緑色のゲージが半分以上減り黄色に変わる。


 オークはこの2人に勝てないと踏んだのか、その巨躯きょくに見合わぬ速度で逃走を開始する。


 刹那せつな、人影が高速でオークに接近し、オークの胴体に体を二つに分断するかの様な線が入ったかと思うと、オークは音もなくポリゴンとなり砕け散った。


 すると二人の男の目の前に、経験値と少量のお金を入手したことを知らせる半透明のウインドウが表示された。


 オークにトドメを刺した男は、背中のさやにカタナを納めると、ふわぁと欠伸をしながら『セイ』と呼ばれていたレイピア使いの男のところに戻ってきた。



「おつかれー」


「おーう、もう六時だから俺そろそろ起きて準備するわ」



 視界の端に映っている時刻表示を見ると、午前六時を数分過ぎたところだった。



「んじゃ俺も起きるかな」


「おう、そうしろそうしろ。お前遅刻ばっかりだからな。家近いくせに」


「うるせぇ、家近い程遅刻するもんなんだよ」



 セイは無表情だった顔を綻ばせると、カタナ使いの男の肩を軽く小突いた。



「ハハハ、そんじゃまた学校でな」



 セイは笑いながらそう言うと、コマンドを操作して『起床きしょう』のボタンを押す。


 スッという音とともにセイが消え、1人取り残された男は「んんっ」と伸びをするとコマンドを操作して『起床』のボタンを押した。




× × ×




 事の始まりはバラエティ番組に出演していたタレントの、なんて事の無い一言だった。

 司会者に「最近変わったことはないか」と聞かれたタレントは少し悩んだ後、ハッと思い出したかの様に「最近夢を見なくなった」と答えた。

 その時は何気なく流されたのだが、番組を見た視聴者達に、「そういや俺も」「私も」などとSNSや掲示板のスレッドなどで同意を示す人が出始め、国内どころか国外にまで瞬く間に波紋は広がっていった。


 日本のある研究チームが教育機関や大手企業にアンケートを取ったところ、2036年に入った辺りから誰一人として夢を見ていないということが分かった。


 しかし夢を見なくなったからといって何か困ったことが起こるわけでもなく、次第に皆の興味は薄れていった。


 しかしこのニュースから三年程たったある日、今度は別のニュースが世間を騒がせた。


 とある企業が従来の人工知能、俗にトップダウン型と呼ばれる人工知能とは異なる真なる人工知能、ボトムアップ型人工知能の開発に成功したと報じたのだ。



 トップダウン型AIとは『Aと聞かれればB』、『1と聞かれれば2』といった具合に、知識や経験を簡単な質疑応答プログラムに積ませることによって、本物の知性へと近づけようということなのだ。

 一見、人となんら変わりなく見えるそれは、実は全く異なるもので、知らないことや経験の無いの事に対しては適切な対応ができないのである。


 では、ボトムアップ型AIとはなんなのか。


 人間の脳の脳細胞は、大脳に数百億個、小脳に一千億個、よって脳全体では千数百億個にも及ぶとされている。

 この千数百億個からなる脳という生体器官そのものを、人工的に電子で再現し、そこに知性を再現させようというのだ。

 そうすることによって、人と同じ創造性や適応性を持った、真なる人工知能を作ろうというのである。


 これがボトムアップ型AIである。


 今まで空想の域を出なかったそれは、世界中の国や科学者を震撼しんかんさせた。


 世界中の国や企業がこの人工知能を欲して、多額の金を交渉材料に交渉を行ったが、開発者である男はついにはその交渉には応じなかった。


 不満がつのり始めた頃、開発者が記者会見をするというニュースが世界中を駆け巡った。

 記者会見は生放送で世界中へ発信され、皆が見守る中、開発者である二十代半ば程と思われる聡明そうな男は壇上に立つと、よく通る声で言葉を放った。



「私は再び人類が夢を見ることを目的としてこの人工知能を作った。そしてここにある機械は再び人類が夢を見る為に作り上げた装置、『Dルーター』である。私はこの『Dルーター』の運営、内部設計を人工知能に任せる事をすでに人工知能と契約している。よってなにがあろうと人工知能を手放すことはない。」



 男は頭に装着すると思われる、月桂樹げっけいじゅの冠の様な形をした『Dルーター』という名の機械について説明を始める。


 男曰く、『Dルーター』とは厳密には夢が見れるという訳ではなく、睡眠をとっている間に、先程のAIが運営、並びに内部設計した『夢』と称される世界の中で自由に動き回れるというのだ。

 また、その世界は個人だけのものではなく、今や全世界で普及している無線ネットワーク回線を通じてDルーターを使っている者同士が、同じ世界を共有するのだという。

 その為、利用者が行いたければキャラクターメイキングも可能なのだという。


 使い方はいたって簡単で、無線ネットワーク回線に接続したルーターを頭に装着し、『おやすみ』に準ずる言葉をつぶやけばいいのだという。

 また、夢という概念を壊さないために、利用できるのは夜間のみにするとのこと。



 会場に居た記者たちは口々に賞賛や質問、抗議の声を上げた。



「しかし」



 男は画面越しでさえも伝わる威圧感を放ちながらそう言葉を切ると、会場内は水を打ったように静かになった。



「夢の中では様々なことができる。しかしこれは遊びやゲームなどでは無い。人類が過去に無くした『夢』なのだ。私は人類が再び夢を取り戻す為にこの機械を作った。」



 男はそう言うと、Dルーターを手にかかげ、高らかに宣言した。



「人類を夢の世界へ招待しよう」




 それから間もなくしてDルーターが発売された。

 発売日の前から店の前には長蛇ちょうだの列ができ、インターネットでの販売も、発売から数秒で完売する程、Dルーターは異常な人気を見せた。

 そしてDルーターは発売日初夜、購入者をもれなく驚愕かょうがくさせた。


 まるで現実かの様な再現度を誇る光景を目の前にし、人々は言葉も出なかった。


 現実にもある程度身近である、乗馬やレースなどをすることもでき、果ては現実ではありえない、俗に言うMMOの様なモンスターを倒す様な夢までが多種多様、様々に存在していた。


 さらに、原理は不明だが、驚く事に電力等のエネルギーを必要としていないのである。


 夢を体験した人々はこぞってDルーターを称賛し、またたく間に世界のブームへとなっていった。



 特に現実では味わえないとされるMMOの類の『夢』は大ヒットを巻き起こし、人々はますます夢の中へとのめり込んでいった。



 時は流れ、Dルーターが普及すること約五年。西暦2045年某日、とある大手SNSに書き込みがあった。

 誰の目にも留まることなく埋もれていったその書き込みが、後に再び日の目を浴びるとは書き込んだ本人以外誰も思わなかっただろう。


『人は夢に喰われる』




× × ×




 時計を見上げると二十二時を少し過ぎた頃だった。

 俺はった首や肩をほぐすべく「んんっ」と伸びをすると、学校の授業の復習の為に使っていた教科書とノートを閉じ、ベッドに潜り込んだ。

 枕元に置いてあったルーターを頭に装着し、仰向けになると自然と口角が上がった。



「Good night」



 そう言葉を発すると強烈な眠気に襲われ、俺は夢の世界への扉を開けた。



 誰が呼び始めたのかは分からないが、Dルーターを使ってプレイするMMOの事を皆DreamMMOや、それを縮めてDRMMOと呼ぶ様になった。

 今や知らない人はいないとされるDRMMOの中でも今一番熱いとされているのが『Walhallaーヴァルハラー』である。

 武器で戦うもよし、魔法で吹っ飛ばすもよしのDRMMOで、数人でパーティを組んだりしてダンジョンや遺跡に潜り、モンスターと戦うといういたってシンプルなものである。

 しかしシンプルゆえ、無駄に変な機能などがなく、純粋に己の強さがわかるMMOなのである。


 個人的に自分の容姿が嫌いな俺としては、キャラメイクができるというのがなんとも嬉しく、初めてルーターを被って「メイキングしてください」と美少女NPCに言われた時には俺は思わず感動の涙を流し、NPCの美少女にどん引かれるという偉業を成した。

 ていうか『引く』なんて行動パターンがなんでチュートリアルのNPCにあるんだよ。



 そんな訳でガッチリした体とイケメンフェイスを手に入れた俺は、数少ない友達と一緒にプレイしている。

 数少ないっていうか1人しかいないんだけどな。……やばい自分で言ってて泣きそうになってきた。


 そんな少し悲しい理由で毎晩の様に、そいつとダンジョンに潜ってはモンスターを狩りまくっている。

 今日の約束は二十二時だったので、もしかしたらアイツは遅いと怒っているかもしれない。ま、どうでもいっか。


 ログインした俺は待ち合わせ場所に指定された街の中心の噴水を目指して、レンガ造りの街をスピードを出しすぎない様に走っていく。

 この世界に通い始めてもう半年ほど経つので近道や裏道などお手の物で、ひょいひょいと近道となる道路脇の小道を走っていく。

 街の中心にある広場に着くと、噴水の辺りに何やら人だかりができていた。

 俺ははぁ、とため息を吐きながらキャーキャーと黄色い悲鳴をあげる女の子を掻き分け、人だかりの中心へと向かっていく。

 砦のごとくガッチリと固められた、女の子100%の城壁を前に、俺の体は一向に前に進まない。

 女の子のくせにどこにそんな力があるんだよ。なに? なんなの? STRガン上げなの?

 そんな疑問を抱きながらもなんとかその中心に辿り着くと、若干挙動不審になりながら、オロオロしている男を見つけた。


 左腰には、持ち手に細かな装飾が施された銀色に輝くレイピアを携え、全身マックロクロスケな格好をした男は、女の子に囲まれてどうしたらいいかわからないといった様子である。

 おい、なんで女の子に囲まれて困ってんだよ。マジで代わってください。僕も女の子に囲まれたいです。


 そんな俺の怨念おんねんまがい気持ちが伝わったのか、そいつは俺を発見するやいなや周りに「ツレが来たんですみません」と言いながら俺の腕を掴むと、俺を引きずりながら全速力で駆け出した。



 大量の女子からの熱い視線(恨み)を一身に受けながら引きずられること約五分、 気付けば昨日も来ていたダンジョンの入り口まで来ていた。

 腕を放された俺は服についた土埃をパンパンと叩くと俺を引きずり回した張本人に恨みがましく目を向けた。



「セイ様、相変わらずモテモテのご様子で何よりですね。リア充爆発しろ」


「誰がリア充だ。ボッチの俺にそんなことを言うな」


「そんな訳にいくか! 俺はお前といるたびに女の子から恨みのこもった目で見られるんだぞ。お前にわかるかこの気持ちが!」



 俺だって女の子と仲良くしたい。あぁそうさ仲良くしたいさ!文句あるか!



 知るかよ、と面倒臭そうにセイは吐き棄てると、コマンドを操作して装備や持ち物を整え始めた。



 この男、セイがモテるのには理由がある。



 セイは一ヶ月ほど前に行われたプレイヤー同士が戦う大会において見事国内一位を勝ち取り、世界大会五位という偉業を達成した。

 『ヴァルハラ』をやり始めてわずか2ヶ月たらずで世界大会五位にまで登り詰めたセイのことは、夢の中、現実世界にかかわらず、『夢の中の天才』などと大々的に報道された。

 

 しかし誰よりも好きであったはずのDRMMOであっさりとセイに抜かれてしまった俺は、なぜか嫉妬や対抗心が全く出なかった。

 そんな自分に「俺の気持ちはそんなものだったのか」と、少し自己嫌悪したのは苦い思い出だ。



 さて、なぜ何事にもやる気がなく、目立ちたがらないこの男がこの様な大会に出たかというと、全ては妹の為なのである。


 重度のシスコンであるこいつの妹は、この年上大好きの俺でさえもが認めるほど天使っぷりを放ち、「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんがこの大会に出て一位になってくれたらハグしてあげる!」という、どう考えても嘘でしかない妹の言葉をコイツは信じ、なんと日本大会で一位になったのである。

 レべリングの為にこの腐れシスコン野郎は普段とは大違いのやる気を見せ、まるで修羅の如くモンスターを狩りまくっていた。

 それに付き合わされた俺にお礼の一言も無いのは、はたしていかほどのものなのでしょうかのね?

 


 因みにハグはしてもらえなかったらしい。



 しかしそれだけではない。キャラクターメイキングができるこの世界は俺を含め、どいつもこいつも見渡す限り美男美女なのである。

 しかし隠せばよかったものを、キャラメイクが面倒だったという理由で、コイツは十人が十人振り返る様な『イケメン面』の素顔のままでプレイしている。その為、どこから広まったかはわからないがリアルと顔が同じであることがバレてしまい、それからは街灯に集まる虫の如く、こいつに女の子達が群がるようになった。

 そしていつも一緒にいる俺は女の子から目の敵にされ、実に辛い日々を送っているのである。マジ辛い。


 しかし当のコイツは、やる気無しの腐れぼっちイケメンなので全くもって喜んでいない。

 むしろ対人スキルがなさ過ぎて、オロオロと挙動不審になる始末である。



 俺は更にもう二、三度悪態を吐き、いつものやり取りを終えると、ダンジョンへ入るべく入り口へと向かう。


 この世界は『ヴァルハラ』と呼ばれる北欧神話における主神オーディンの宮殿をモチーフにしてつくられた、直径約八キロメートルの円状をした街を中心にして、周りには大小様々なのダンジョンや遺跡が数多く存在する。

 またダンジョンや遺跡の最深部にはほぼ全てにボスモンスターが設置されている。

 難易度が様々で身の丈に合ったダンジョンに行かないと、読んで字の如く瞬殺しゅんさつされてしまう。


 ほとんどのDRMMOでは、死んでしまった時にペナルティが課せられる。

 それは主にデスペナルティと呼ばれ、その多くが『死んだその日は蘇生できないくなる』というものなのである。

 朝になるまで昔のように何の夢も見ないまま寝ていることになる為、夢を見ることに慣れてしまったルーター利用者としては嫌でも慎重になるというものである。


 セイはともかく俺も一応はトッププレイヤーを名乗ってはいるので、潜るダンジョンも上級者向けだ。

 あまり難易度の低いダンジョンだと経験値やお金も入らないし、なによりその場に合わない高レベルのプレイヤーが狩場等を荒らすのはマナー違反とされている。


 俺たちはまるでバケモノが開いた口のような、禍々まがまがしさをかもし出す入り口から中に入り、昨日と同じルートで順調に進んでいく。

 洞窟特有の湿度を多く含む冷たい風に頬を撫でられ、俺は思わずブルッと身を縮こませた。


 ヒタヒタと何処かで水滴の落ちる音を聞きながら、俺は索敵スキルを発動し、敵を警戒する。

 いくら難易度の高いダンジョンといえど、こんな低階層では経験値も美味しいドロップ品もない為、できればあまり戦いたく無い。


 しかし全く戦わないのも無理なもので、しばらくするとモンスターらしきものが俺の索敵に引っかかった。

 セイに合図を送り、できるだけ物音を立てないように静かに反応のあった方へと進んでいく。


 岩陰に隠れながらそっと顔を出して覗いてみると、腰に汚らしい布を巻き、手には少し大きめのダガーを持った緑色の皮膚をした人型のモンスター、ゴブリンが歩いていた。

 ゴブリンはまだこちらに気付いていない様子で、手をぶらぶらとさせながらあっちへ来たりこっちへ来たりと暇そうに歩いている。

 この世界の人型モンスターは、人と同じような行動をとるため、見ていて実に面白い。


 俺が顔を引っ込めて振り返り合図を送ると、セイがそっと近づいてきた。



「ゴブリン一匹だ。こんなとこで時間かけるのも面倒だから俺が取りあえず一発入れるからその後トドメ刺してくれ」


「へいへーい」



 セイはやる気がなさそうにそう返事をすると、腰から音を立てずにレイピアを抜き放った。


 セイに合図をした俺は、ゴブリンが俺たちとは反対側を向いたのを確認すると、足音を殺しながら走り出した。

 ゴブリンに向かって音を立てない様に走りながら、背中に手をやりカタナを抜く。

 カタナを下げたまま斜めに構え、俺はほぼ極振りといえるAGIを全開にして、いくら上級者向けで難易度が高いとはいえど、低階層のゴブリンじゃ目視できないであろうスピードでダメージが通りやすい首めがけてカタナを薙ぎ払った。


 しかし足音に気付いたのか、ゴブリンは振り返ると腕を上げて顔を守ろうとする。

 俺のカタナはゴブリンの腕に傷のエフェクトをつけただけで終わってしまう。

 俺の攻撃により、ゴブリンの頭上のHPを示すバーが僅かに減少した。



「セイ、今だ!」



 俺はそう叫ぶと、俺に意識を集中させるべくゴブリンに斬りかかる。

 俺の振り下ろしたカタナはゴブリンの持つダガーに阻まれ、ギリッという音と共に火花が散った。


 俺はゴブリンの背後にがいるのを確認すると、ゴブリンから距離を取って体の正面にカタナを構えた。


 突如、ゴブリンの背後にユラユラと人影らしきものが現れ、次の瞬間ゴブリンは背中からポリゴンを散らしながら大きく仰け反った。

 それと共にゴブリンの頭上のゲージが大幅に減少する。


 なにが起こったのかわからないのであろうゴブリンはダガーを手に思わず振り返る。



「ガラ空きだよ、まったく」



 俺はそう呟くと、首を切り落とすが如く思いっきりカタナを薙ぎ払った。

 首に線が入ったゴブリンは音もなくポリゴンとなり、経験値とお金の入手を知らせる半透明のウインドウが目の前に表示された。


 俺はふぅと息を吐き、カタナを鞘に収めると、先程のへと近づいていく。



「おつかれさん」


「おう」



 ユラユラと揺れている人型をした影がやる気の無い声を発し、次第に人間の姿に戻っていく。

 高い隠蔽ハイディングによって身を隠していたセイは、この上なくやる気のない顔をしてそこに立っていた。


 この男は人が目の前で凝視していても見えなくなるという、異常なレベルの隠蔽ができる。ハッキリ言ってキモい。

 本人曰く、「俺レベルのぼっちなら誰でもできる」とのことだ。

 毎回思うのだが、俺はいつになったら友達としてカウントされるのだろうか? 友達と呼べるのがセイしかいない俺としては、そろそろ泣いちゃいそうである。



 そんな俺の気持ちは露知らず、セイはレイピアを鞘に戻すと、「行くか」と相も変わらずやる気がない声で俺に促す。


 視界の端に映る時刻は、あと一、二分で午前零時になろうとしていた。



「そだな。……ていうかお前トドメさせただろ。めんどくさがるなよな」


「ばっかやろう、お前に華を持たせてやったんだろ?」


「そういうのは綺麗なお姉さんが居る時だけにしてください。これだからシスコンは」


「おいおい、お前の年上好きも大概だろうが」



 うるせぇよ、などとお互いに言い合っていると、「ピピピ」と深夜零時を告げる短い機械音が鳴った。


 俺はセイに気合い入れるべく、バシッとセイの肩を叩いた。



「よし! 今日も一日がんば……ろ?」



 ヴンッ、という大きな音がしたかと思うと、突如俺たち二人の足元に黒々とした巨大な円が現れた。

 突然ことに思考が停止していると、音もなく円の中の地面が消えた。



「……え?」


「……は?」



 お互い気の抜けた声を出したのち、重力に従って、いや、それ以上の何かに引っ張られるように、俺たち二人は絶叫しながら穴の底へと落ちていった。

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