scene 6『学園都市桜花生徒自治会 ー釈迦の掌』
桜花島のほぼ中央に広がる桜花中央公園、そのほぼ中央にある小高い丘の上に桜花大講堂は建つ。大講堂の他に大会議室にいくつかの小会議室、トレーニングマシンを備えたトレーニングルームに図書室に和室など、様々な施設をもつこの建物の中に学園都市桜花生徒自治会本部はある。
夕方近くになって授業を終えた
「お疲れ」
その疲労の濃い顔を見て声を掛けてくるのは、桜花東区にある私立
「会長のお気に入りも大変だね」
続く言葉で、さすがに鈍い金村もハッとする。
「なに? その知ってます的な発言はっ?」
「
柴が通う瑞光高校の送別会は明後日行われるらしい。その関係かどうかはわからないが、先輩の命令で、彼は明後日の執務を休むことになっている。
一方の金村が通う松前学院の送別会は本日行われ、その様子が、情報交換の掲示板が新たに立てられているだけでなく、個人ブログや松前学院生徒会広報にも写真付きでアップされているという。
それを聞いた金村は、柴を押しのける勢いでノートパソコンをのぞき込む。
「なに、これ? なんでこんな写真が載ってるわけっ?」
あまり人に見られたくない松前学院生徒会会長・
松前学院もご多分に漏れず、WEBや情報処理関連の部が更新を行っているのだが、その内容を決めるのは当然生徒会である。誰がこんな写真を選んだかなど、他校生である柴にはわからないが、金村には見当が付く。
「大原先輩……そんなに俺のこと、嫌いなのかな?」
「お前が長峰会長に好かれてるから、面白がってるんだろ」
その嫌がる姿を見れば、誰でもこの程度の嫌がらせはしたくなるというのは、柴の隣の席に着く柊。柴と同じ書記の彼は、邪魔だとばかりに金村の足を蹴りつけたのだが、柴と柊、そのあいだに金村が割り込んだものだから確かに邪魔である。
「好かれてるって言われても、完全におもちゃ扱いなんだけど……」
「金村ぁ! アマと遊んどらんと、さっさと自分の仕事せぇや!」
そう声を荒らげるのは、金村と同じ会計を担当する2年生の竹田である。
桜花北区にある私立
「新学期が始まったらすぐ理事会の会計監査や。それまでにやれ言うたな?」
「そんなこと言われても……」
渋々自分の席に着いた金村は、ブックエンドに立てかけてあった2冊の出納帳を机に広げる。現在の金村の仕事は、この出納帳を書き写すことであった。
もちろん裏帳簿の作成などという悪事ではない。数字1つ間違えることなく、そっくりそのまま原簿を書き写す、ただそれだけである。
ただそれだけなのだが、金村がこの作業に取りかかって数日が経過しているが、ちっとも進まないことに、いっそ火でも付けて全てを燃やしてやりたいほどのストレスを溜め込んでいた。なぜならば書き写さなければならない原簿には、難解な暗号が並んでいたからである。
「こいうのって、書記の仕事にならないの?」
何気なく責任逃れをしようと、立てたノートやファイルの向こうにすわる2人の書記、柴と柊を見る金村だが、パソコンのモニターを見ている柴は無視を決め込み、柊は上目遣いに睨んでくる。
「俺も柴も、就任直後に言ったよな? 金の管理は竹田さんに任せてもいいけど、帳簿はお前が付けろって」
その気迫にグッと息を呑む金村に、柊のとなりにすわる柴が追い打ちを掛ける。
「西松さんも言ってたよね。あの藤原さんにまで言われてたのに、今まで何してたわけ? ちゃんと仕事してないからこんなことになったのに、そのツケを俺たちに回そうっての?」
柔和な表情でさらりと厳しいことを言ってのける。それが柴だとわかっていても、油断するのが金村である。
さらには 「ふざけんじゃねーぞ」 と罵る柊が、手近にあった赤ペンを投げつけてくる。すぐさま竹田が 「備品を粗末に扱うなや」 と注意するもどこ吹く風。柊は拾いに行こうともしない。
「あの、竹田さん、俺の心配はしないんですか?」
柊の投げたペンが掠めた頬を押さえつつ情けない顔で尋ねる金村だが、となりの席の竹田は一瞥すらせず返す。
「その程度で怪我するほどヤワな奴がここにおるんか?」
「そういえば西松さんと藤原さん、今日は休み?」
パソコンのキーを叩く手を休めずに尋ねてくる柴に、柊は 「さぁ」 と素っ気なく返す。
「
なぜ他校生の柴がそんなことを知っているかなんて、柊には訊くまでもない。自治会の広報部は別にあるが、執行部内の広報を担当している柴は情報収集も行っており、全82校のスケジュールはほぼ網羅している。
「生徒会が動画のアップを拒否して、あっちこっちが苦情で炎上してるよ」
「アップしてもアクセス方で炎上。
くだらない抵抗してる暇があったら、新しいサーバ買う予算でも組めばいいのに」
それこそ拒否すればするほど抗議は増えるだけ。
ならばおとなしくアップして、サーバをダウンなり炎上なりさせて、正々堂々と公開出来なくなったと言えばいいのである。出来ることをやらないから非難されるのであって、出来なくなったら不可抗力である。
もちろんサーバの増設などを希望されるだろうが、それについても予算の都合があるから、出来ないなら出来ないと言えばいいのである。
「頭の悪いやり方」
所詮生徒会運営には関われない自治会執行部員たち。その1人である柊の荒っぽい発言に、珍しく金村が自治会執行部らしいことを言い出す。
「そもそも生徒会が映像権を独占してるから悪いんじゃない?」
桜花島内では、もちろん通常のTV放送も受信出来るが、各校の報道部や映像研究会などが作る番組もCATV を使って放送されており、桜花島内で起こった出来事や校内での問題、イベントなどの様子が報じられている。
桜花自治会では校外において学校関連の活動を行う場合、制服の着用が原則。そのため日々、身分証代わりの腕章を付けた報道系部員が制服姿で島内を駆けずり回っている。
彼ら彼女らのほとんどは、将来マスコミ関係への就職を目指している生徒で、その取材や機材も本格的。時に加熱する取材攻勢に、自治会が報道規制を敷くことも少なくない。もちろんその時は非難や抗議の嵐が起こる。
「独占はしてないみたいだよ」
そう言う柴の話によれば、松藤学園の報道各部が送別会終了後、すぐに刷った号外を、メインターミナルを中心に配布したとたん奪い合いが起こり、ちょっとした騒ぎで怪我人まで出たらしい。しかもそんなことまで速報で流されているという。
「ネット系の速報は速さが命だからね。
でも騒ぎが大きくなるようなら、配布に規制が必要かな?」
様子を見るため風紀委員の動員を伺う柴に、竹田は 「好きにせぇや」 と投げ遣りに答える。
校内においては、報道関係部は事前届け出によって公式行事を堂々と収録、ルイは取材出来る。
もちろん違反行為などによる活動停止処分などのペナルティーを科されてる場合はその限りではないが、生徒会も公式記録として残すため、記録の提出を条件にその活動を許可。わざわざリハーサルなどにも参加させることもあるほど。
すでにインターネット上では、松藤学園の映像系部活が送別会の様子を、もっている番組枠で放送することを予告しているという。もちろんこれを録画して個人で楽しむことは出来るが、オークションなどには出品出来ないよう規制されている。
松藤学園に限らず、校名と放送媒体名の入った映像がオークションに出品された場合、即座に運営委員会が出品停止の処分を行い風紀委員会によって没収。悪質と判断されれば、出品者は風紀委員会によって処罰されることもある。当然のことながらパスワードは個人で設定出来るものの、IDは自治会が発行しているため、匿名で出品しても自治会は容易に個人を特定することが出来るため、処罰を逃れることは出来ない。
ちなみに演劇部と組んで自主制作したドラマを番組として放送することもあり、演劇部には将来女優や俳優を目指す部員も少なくない。またそういった活動内容も学校選びの重要な要素となっているため、毎年受験生用に作られる学校案内でも大きく取り上げられている。もちろんその案内を作るのも、出版関係への就職を希望する生徒たちである。
「配布もやけど、オークションもヤバイんちゃうか? 運営は動いとるんか?」
今日、送別会が行われたのは松藤学園や松前学院だけではない。これからしばらく違反出品が増える可能性は大きく、運営委員会の監視体制を強化するよう言う竹田だが、柴は 「すでに」 と。
対応策は3学期が始まった1月から検討されており、運営委員会は送別会シーズンに入る先週末から通常より人数を倍以上に増やして出品内容に目を光らせているという。
「金村じゃあるまいし、柴に抜かりはありません」
忙しくパソコンキーを叩く柊の言葉に、金村は 「いちいち俺を引き合いに出すなよ!」 と抗議する。
「そういえば
またまたなぜそんなことを柴が知っているのかと言えば……
「その切った髪、出品されてるよ」
すぐさま常識の枠から抜け出せない金村は 「あり得ないよ」 と声高に否定する。竹田も同意見らしいが、彼は金銭にうるさい現実主義者だから、そんな物に金を出そうとする神経が理解出来ないだけである。
「500円から始まって、出品5分で7000円を超えたところ。同額の入札が秒刻みで入って、なんだか変な感じがするね。
一応運営が上限を1万に設定してるけど、同額1位が出たらどうするのかな?」
クジでもするのかと脳天気な柴。
それこそ竹田は、人の髪の毛なんて気持ちの悪い物に500円も出す神経が理解出来ないと苦虫を噛み潰し、金村は 「はぁ~?」 と間の抜けた顔で間の抜けた声を出す。
「でもそれ、本当に桑園さんの髪?」
確かめる術はないのではないかと金村は言う。もし偽物なら、当然悪質な詐欺行為である。
だが柴は、偽物であることを立証でいなければ運営も出品を差し止めるのは難しいと反論する。それ以前に、人間の髪など出品させるなと竹田が言ったことは言うまでもないだろう。
「一応本物だって根拠は示されてるしね」
柴が読み上げた出品者のコメントによれば、
その話に、松藤学園の送別会に出席していた同校壱年生の柊も 「やってたな、そんなこと」 と思い出すがあまり興味のない様子。だがその自信に満ちたコメントと言い、確信犯的出品のタイミングといい、出品者には心当たりがあるという。
「どうせ
「誰、それ?」
率直に尋ねる金村に、柊も 「壱年の生徒会役員」 と簡潔に答える。確かに生徒会役員ならば、切られた髪を入手することも出来ただろう。
「生徒会役員がそんなことしてもいいわけ? 職権乱用じゃん!」
「利益を生徒会の収入にすれば問題なし」
個人の懐に入れれば確かに職権乱用で問題になるが、生徒会の収入として扱えば全然問題にならないと柊に言われるが、金村は釈然としない。
「つまり桑園さんは、生徒会収益のためにわざわざ見世物になったってこと?」
それこそ送別会の様子を生徒会がアップしないことと関係あるのではないかと余計なことまで勘繰り出すが、柊は桑園に対する嫌がらせだろうという。もちろん元の所有者である桑園の同意を得るどころか、彼は出品されてることすら知らないかもしれない。
全国トップクラスの偏差値を誇る松藤学園は、毎年多くの志願者を全国から集める学都桜花でもトップクラスの人気校である。生徒数も十分で、生徒会の年間予算も十分すぎるほど持っている。イベントなどで生徒会独自の収益も上げており、例え桑園の髪が上限額で落札されても、運営母体である自治会が収益の一部を手数料として徴収するから、生徒会予算から考えれば収益など微々たるもの。それこそ手間暇を考えれば、わざわざ出品する意味もないだろう。だから柊は、桑園への嫌がらせというのである。
「なかなか頼もしい生徒会役員だね」
感心する柴だが、同級生とはいえ、あまり
「どうだか?
桑園さんだって、その気になれば五百蔵を
だからってしていいことと悪いことがあると金村は呆れるが、柊は 「それがあの人のキャラだから」 とやはり素っ気ない。
「嫌われるのが嫌なら止めればよかったんだよ」
それを止めなかったのだから、桑園もある程度は覚悟の上のはず。
そもそもどうして彼があんなキャラを演じていたのか? 柊が松藤学園に入学した1年前には、彼はすっかりあのキャラになっていたからわからない。
「桑園のキャラ設定?」
ようやくのことで執務室に現れた
「さぁ? 俺は知らないけど?
それより
西松は同級の女子たちに、柊を執務室から連れてくるようしつこく迫られて困ったと訴える。
だが言われた柊は素知らぬ顔で返す。
「今日の主役は参年生ですから」
「ちょっとくらいサービスしようとか、思わないのか?」
「思いません。俺、彼女持ちですから。
参年女子全員と2ショット記念写真なんて撮っていたら、顔面神経痛になります」
「そんなに面の皮、薄くないだろう?」
すかさず隣の柴が、神経だってもっと図太いじゃないかという。
西松も 「まったく」 と溜息を吐くも、諦めたらしい。片付けられた自分の席に着く。
「一つ、訊いておきたかったんだか」
改めて切り出す西松に、その視線が自分に向いていることに気づいた柊は、手を止めずに切り返す。
「俺にですか?」
「そう、天宮に」
「伺いましょう。なんですか?」
「本当によかったのかと思って」
「何がですか?」
「副代代行」
わかっているだろうと言わんばかりに西松は苦笑を浮かべる。
「丁度2年が2人だから、安易に有村と竹田にしたけど、本当は天宮、やりたかったんじゃないかと思って」
現在、桜花自治会で副総代を務めているのは松藤学園参年生の西松と
この時期、3年生の卒業にともない様々な代行が立てられるが、絶対に代行が立てられない役職もある。この桜花自治会の全権者、桜花総代である。その全権は桜花総代にのみ許された権であり、例え誰かが代行に立てられることがあったとしても振るうことは許されないのである。
「俺、そんなに自己顕示欲強そうに見えますか?」
「見える」
仕返しとばかりに横から金村が口を挟んでくる。すぐさま柴に 「馬鹿」 と笑われ、柊にも、元々細い目をさらに細くして睨まれる。
「金村とはあとでゆっくり話し合うとして、代行人事なんてたいした意味ないでしょう? 全権が委任される生徒会はともかく、自治会の全権者はあくまで総代ですから。総代不在時の副代代行なんて。
それに自分の仕事もありますし」
ただでさえ年度末で忙しい時期である。それこそ代行人事なんて引き受けて、わざわざ自分の仕事を増やすこともないだろう。
「さすがと言うべきかな? 賢明な判断だ」
「それってつまり、引き受けた俺とアリはアホってことですか?」
「諦めろよ。誰かがならなきゃならないんだな。
どう考えたって3年の代理は2年だろ?」
「好きで2年、やってるわけやありませんから」
忙しいくせに竹田は減らず口をたたき続ける。それを苦笑で受け流した西松は、再び柊に話しかける。
「でも新年度は副代に立候補するんだろ?」
「もちろんです」
まだ選挙も行われていないのに、柊はひどく自信たっぷりに答える。
自治会執行役員選挙は毎年総代選挙のあとに行われるが、役職の任命は当選後に総代が行うことになる。
「今の段階で俺が表立って大きな役職をもらったら、反発が強いでしょうしね」
わかっていて、そんなに頭の悪いことはしないと薄笑いを浮かべる柊に、隣の柴も同じように薄笑いを浮かべ西松を苦笑させる。
「一応壱年の自覚はあるんだな」
「新年度になれば弐年です。
竹田さんは副代になんて興味はないでしょうし」
一番散らかった机の上で忙しそうに電卓を叩いている竹田だが、耳だけは傾けていたらしい。すぐさま 「あらへんわ」 と素っ気なく返してくる。
「俺と藤原の欠員に入ってくる奴ら次第ってところかな?
まぁ3年が入っても天宮は実績があるし、松藤の後ろ盾もある。有村も異存はないだろうけど……その有村は?」
まるで今の今まで忘れていたかのような西松の問い掛けに、柴が 「今日はお休みです」 と。
「
「そのようですね。
で、そのあとで先輩から呼び出しが掛かったそうです。生徒会か部活かは知りませんけど、英華じゃ先輩は絶対ですから有村さんも断れないみたいですね」
私立英華高等学校2年生の有村克也は、自治会執行部役員を務めながら空手道部に所属し、現在は部長も務めている。さらには同級生で生徒会役員の
「あいつも忙しいね」
言って西松は、空いている有村の席を見る。
その隣では有村と同じ総務を務める
「ところで藤原先輩は?」
先程からずっと訊こうとしていた金村は、会話が途切れたのをいいことにようやく切り出す。3年生はどこの学校もすでに自由登校になっているが、松藤学園は今日送別会が行われ参年生も登校しているはず。そして現に参年生の1人、西松明仁はここにいる。同じ学校の参年生なのに、どうして藤原がいないのか疑問に思っていたらしい。
「天宮がさっさと逃げて、俺が残務整理。これで藤原まで連れてきたらどうなると思う?」
質問に質問を返す西松に、柴がまるで他人事のように答える。
「ここに押し掛けてくるでしょうね」
「誰が?」
率直に尋ねる金村に、柴は澄まし顔で返す。
「松藤学園参年女子全員」
その答えに金村自身、昼間のことを思い出してげんなりする。そこに、斜め向かいの席にすわる柊がさらりと追い打ちを掛けてくる。
「そうなった時はお前を生け贄にくれてやる」
柊のことである、やると言ったらやるだろう。
しかも金村は先程も失言をしており、あとでゆっくり話し合おうと言われている。どこでどんな話をすることになるのか、考えるだけでも空恐ろしくなってくる。
「あの、俺、もう帰ってもいいですか?」
急に腹が……なんてベタなことを言い出す金村は、恐る恐る他のメンバーの顔を見回す。すぐさま反応したのは隣の席の竹田である。
「アホか! お前、その帳簿何冊目や? 今、わしが書いとるんと合わせて全部で8冊。新学期が始まったらすぐ監査やて、さっきも言うたな? それまでに清書し終えるんか?」
改めて自分の机の上に広げた謎の暗号が並ぶ出納帳を見て、金村はその上に顔を突っ伏して嘆く。
「これがあと8冊。絶対終わらないよぉ~!」
「まだ1冊目やっとるんかい! 遊んどらんとさっさとやれや、このボケ!」
その謎の暗号を書き記した張本人は、金村の不甲斐なさを口汚く責めるだけで自らの悪筆を顧みることはない。だから当然直そうともせず、現在も暗号を書き連ねている。
「悪いけど金村、会計を担当した以上、それが仕事だから」
申し訳なさそうに西松は言うけれど、横から柊がそんな情けは無用だという。「どう足掻いたって金村の春休み返上は決定ですから」
「まぁそうなんだけど、それを言ってしまうとお前の性格がただ悪いだけに聞こえるぞ」
だから敵が多いのだと指摘されても柊は澄まし顔のまま。
「自慢じゃありませんが、性格の悪さは自覚しています。
ついでに言うと、春休み変所だけじゃ全然足りませんから」
春休みを前に1、2年生は期末考査が待ち受けている。自治会執行部も試験期間中などは勉強に集中するため、この執務室には当番制で詰めるだけ。
だが当番とは関係なく、金村は出勤する羽目になるだろうと柴までが言い出す。それこそいっそ、金村1人をずっと当番にしておけばいいのではないかとまで言い出す。
「柴まで……。
まぁ金村の成績なら進級に問題はないんだろうけど」
決して低くはない松前学院の偏差値。学年首席でこそ無い金村だが、常時上位に入っており、その成績を維持しつつ多忙な自治会執行部役員を務めているのだからなかなか優秀である。
だがその成績も、さすがに今回ばかりは少しばかり下がる危険性もある。それをわかっていて柴もわざと言っているのだろう。
「余裕だね」
いわゆる中の上あたりに位置する偏差値の私立
「天宮って、本当に嫌な奴だよね。顔がいいから女子に人気があるのはわかるけど、なんで男子にまで?」
どうにもそこが納得出来ないと口を尖らせる金村に、柊とは同じ学校の先輩にあたる西松が苦笑交じりに言う。
「天宮支持の男子って、こいつがどんだけ性格悪いか知ってる。それでも支持しようっていうんだから、純粋に能力を評価してるってことじゃないかな?」
すると柊自身も 「いいのは顔だけじゃないから」 と澄ました顔で言ってのけ、西松の話にも納得しかねていた金村を黙らせる。
「それより天宮に聞きたかったんだけど、このあいだの大評議会で媛が言っていた 【院】 っていうのはどういう意味だ?」
その言葉が出てきた時の話の内容は、桜花では 「
しかも尋ねたのは西松だが、同じ疑問を持っていたのか、柴や金村はもちろん、竹田や磯辺までが無言で柊を見る。
「たいした意味ではありません。藤林院独自の言い方で、当代当主のことです」
「わざわざ当代を付けるってことは、先代は 【院】 とは言わない?」
「【院】 は必ず当代の当主にだけ使われ、早い話が 【当代当主】 って言葉の言い換えみたいなもんですね。
今 【院】 と呼ばれているのはサクヤ君のお父さん、俺たちが初代とお呼びしている
理事会の総長は先代でしたけど、普通に先代とかご隠居とか呼ばれていて、絶対に 【
それもただ言わないのではなく、藤林院寺家内では 「言ってはいけない」 のである。
「名前に寺が付いてて、当主を院って呼ぶなんて、ちょっと院政を思い出すね」
学生らしく日本史の授業を思い出したという柴に、柊は 「当たらずとも遠からずかな?」 と言う。
「実際、藤林院は寺だし」
「どういう意味?」
金村は素直な性格そのままに尋ねる。そして柊もありのままに答える。
「言葉通り、寺。
さすがに詳しいことは知らないけど、元そういう関係の寺が発祥の一族で、一族的には藤林院で、苗字として藤林院寺を名乗ってる」
だから藤林院寺宗家の本邸には梵鐘があり、立派なっ本堂には本尊をはじめとする数体の仏像が祀られている。一門には歴とした坊主もおり、朝と夕にお勤めの読経が響いているという。
但し当主である藤林院寺貴玲は僧籍になく、先代と務めた父の
壮大な宗家の邸宅も登記上は個人宅であり、一般拝観もされていなければ公開もされていない。そもそも寺であることすら知られていないのである。
「正確に言うと尼寺だから尼僧がいるわけだけど、宗教法人じゃないし宗派もない。
京都府や京都市からは凄い嫌われてるらしいけど、いろんな意味で怖いから文句も言えないし、排除も出来ないらしい」
「個人宅に仏像があっても尼さんがいても、行政は文句言えないよね」
柴が言うと、これまた金村が思った疑問を率直に口にする。
「もし、もしも、だよ、天宮が婿養子に入ったとしたら?」
「俺が坊主になるとでも?
アホか、尼寺だって言っただろうが!」
もちろん坊主になって剃髪しても、その形には自信があるという柊に西松は苦笑を浮かべる。
「どこまでも自信家だな、天宮は。
だとしたら京都府や京都市にとっては面倒な存在だろう。
まして今の藤林院寺家は日本有数の財力を持ち、政界にも顔が利くと来た。行政にとってはさぞかし厄介な存在に違いない。
「そう考えれば、あの時の媛君の啖呵も納得がいくような気がするよ」
「あれは血筋とかじゃありません、朔也子だからです」
少し自慢げな柊の顔に、西松は口の端に笑みを浮かべる。
「お前でもそんな顔をするんだな、ちょっと意外だよ」
「俺も血の通った人間ですから」
「そういえばあの子、ひょっとして家に帰ってからお父さんに叱られたんじゃない?」
大評議会で総代・
「自宅謹慎を言われたみたいだけど、サクヤ君には関係なかった」
それはどういう意味かと、金村は眉間にしわを寄せて尋ねる。それこそ父親の言うこともきかず、高子のようにやりたい放題が本性なのか? あるいは父親がとにかく娘に甘いのか? などと考える金村だが、柊の答えはそのどれでもなかった。
「大評議会が終わってすぐぶっ倒れたらしい。
で、そのまま屋敷に戻って何日か寝込んでたらしいから」
そのあいだに自宅謹慎期間が終わってしまい、朔也子が父親から言い渡された処分を知ったのは熱が下がってからのことである。
柊はこのことを、代わりに処分を言い聞かされた朔也子の世話係・
もう1人の付き人、
それも喉元過ぎればなんとやら、である。
「あそこで媛君がお姿を見せられたのは予定外だったが、報道を閉め出しておいたおかげで顔出しはしていない。各校生徒会から話は漏れているが、布石の1つ程度と考えて問題ないだろう」
意見を伺うように、揃う役員の顔を順に眺める西松。異議が上がらないのを確認し、話を続ける。
「一応天宮に性格などは聞いていたが、正直、あれほどしっかりした方とは思わなかったよ」
相手はまだ中学生である。高子や大の大人を相手に、あそこまでやるとは、西松に限らず、思っていなかったに違いない。
「だが油断はするな。聡明な上に、独自にお考えをお持ちのようであらっしゃる。すんなり
金村などは 「まさか」 と西松の用心深さに苦笑を浮かべるけれど、西松は慎重な態度を崩さない。
「人は見かけによらず、と言うからな。
それに蓮華の間の茶会もある」
学園都市桜花を形作る3つの巨大組織。その1つであり、最大の権限を持つ学園都市桜花理事会連合。その最高決定機関である 【
そして桜花にはもう1つ、大きな組織がある。桜花自治会、桜花理事会に並ぶ三大組織の残る1つ、学園都市桜花教職員組合。通称・桜花組合である。
その半数は学校で働く教師であり職員だが、付属学生寮やこの大講堂などの学都桜花関連施設で働く職員も含まれ、それこそ朝起きる前から寝てからもと、生徒たちとの接点は理事会よりも遥かに多い。学校の内に外にと生徒たちの行動に日々目を光らせ、隙あらばその職責を全うせんが如く横槍を入れてくる。
だが桜花島内では生徒たちによる自治が主体となっているため、三大組織の中でも一番発言権も影響力も持たない。それでも三大組織の1つとして微妙なパワーバランスを保っているのは、その 「教育者」 としての情熱かもしれない。
「組合は後から難癖付けてくるだけやさかい、大人しゅう説教されとったらえぇですけど、理事会のじじぃどもはなんとかしませんと」
電卓を叩くのに忙しかった竹田は、不意にその手を止めて溜息を吐く。
「どえらい来年度の補助金、削ってきてますわ」
現在理事会から自治会に出されているのは、あくまで予算であって決定ではない。
だが今から試算をして、ある程度準備しておかなければならないと危惧するほどの金額だと竹田は言う。
「竹田の手腕でもやっていけないほど?」
1年生時から執行部入りをし、会計一筋の
「けど緊縮言うより、ドケチになりますわ。写真販売とか、これまで通りの営業じゃ話になりません」
自治会主催のイベントで撮影される写真の販売など、自治会にも各校生徒会同様独自の収入源はあるものの、今年度の収益を参考に試算してもかなり厳しいものになるという。
「倉庫の没収品も公売に掛けてえぇですか?」
それが無理なら柊や柴などの、イベントとは関係ない日常写真を売りさばきたいと言い出す始末。
そこに自分の名前が挙がらなかったことで金村は不満そうに口を尖らせるけれど、向かいにすわる柊や柴が笑っているのに気づき、ばつが悪そうに視線を下げる。
学都桜花でも絶大な人気を誇る自治会執行部役員たち。そもそも執行部役員に選ばれたこと自体、人気がある証拠。その中でも柊の人気は絶大だが、1年生
向かいの席で柊と柴が笑ったのは、決して金村を見下したり馬鹿にしたわけではない。金村が考えていることがわかり、かつ自身も人気があることに気づかず僻んでいることが面白くて笑ったのである。
しかもそんな彼の百面相が面白いので教えてあげないという不親切さ。今の金村の一番の不遇は、こんな仲間たちの存在だろう。
「没収品は卒業時に返還規約があるから無理だな」
正論で返す西松に、竹田は再び電卓を叩きながらぼやく。
「あの狸じじぃども、ほんまにえらいいけずしおってからに」
「年長者にそんな言い方をするもんじゃないぞ」
打ち切りもある得る状況なのに、それでも出してもらえるだけまっしだと苦笑する西松に、ばつが悪く視線をそらしていた金村が、強引に思いついたことで話をそらそうとする。
「そういえばあの、前から思ってたんですけど、なんで蓮華の間なんですか?」
学都桜花には様々な通称が付けられている。例えば代表議会。代表議会と大評議会は、文字で書けば違うけれど読みは同じ 「だいひょうぎかい」。そこでこの2つを区別するため 「ペンタグラム」 と呼ばれている。
ペンタグラムとは五芒星のこと。5つの地区、それぞれの代表、副代表からなる議会で、それぞれ5地区が対等な立場にあることから五芒星になぞらえている。
それで蓮華の間にも何か意味、あるいは謂われのようなものがあるのかと尋ねる金村に、柊は吹き出す。
「お前、地雷踏むの好きだな」
「好きなわけないだろ!」
「じゃ、なんで蓮華の間に触れようとするかな?
確かに1回くらいは誰だって疑問に思うだろうけど、誰が命名したとか考えたら、触れたらヤバイ話題だって気づくもんだろ?」
「なんで?」
そもそもそこがわからない金村に、柊のとなりにすわり柴などは 「まぁこれが金村だよね」 と肩をすくめてみせる。
「怖いもの知らずの自爆マシーン」
「天宮、言い過ぎだ」
参年生の西松に注意されるも柊は反省せず。
「事実ですから」
なんて澄ました顔で言い返す。
「だってさ、蓮華の間って理事会が開かれる場所だよね?」
「それは大講堂」
すかさず柴が返す。
「普通の理事会は小会議室や和室で開かれてるじゃないか。
蓮華の間じゃない」
三大組織はこの大講堂内に本部や事務所を置いているが、それぞれのエリアは立ち入り禁止。
だが消防法の都合上、見取り図はある。もちろん全ての部屋に名前が付いているわけでもなければ、付いていたとして名前まで表示してあるとも限らないが、理事会占有エリアに 「蓮華の間」 があれば 「八葉の老師」 たちが集まってくるので茶会の開催を知ることはそれほど難しくない。三大組織最大の勢力を誇る自治会には本部実行委員に風紀委員など、動かせる人員はいくらでもいるのだから。
また会議室や和室は、使用スケジュールの都合上、この大講堂を管理している事務局に問い合わせれば普通に教えてくれるから、通常の理事会開催を知ることは容易である。
ちなみに事務局の職員は組合員であり、この大講堂の管理は理事会の管轄。そして所有者は藤林院寺宗家である。
「じゃあ蓮華の間はどこにあるんだよ?」
素直な性格そのままに疑問を口にする金村だが、忙しそうにしている竹田と磯辺は完全に無視。西松と柴は苦笑を浮かべるだけ。
「蓮華の間がどこにあるか?
気づいてる奴はだいたい気づいてるよ」
それこそ自治会執行部なんて役職に就いていながら、気づかない金村が珍しいのだと言わんばかりの柊。
「ひょっとして西松先輩も知ってるんですか?」
教えてくれそうな人にすがってみせる金村だが、西松は茶目っ気たっぷりに2本の指で唇の前に小さく
「まぁ言いたくありませんよね、桑園さんと結託している西松先輩でも」
「天宮、こんなところでさりげなく不満をぶつけるのは止めてくれ。結構デリケートな話題だろう」
「丈夫なバリケードでも張って防いで下さい。
蓮華の間がどこにあるのか、ある程度誰でも予想は付いている。
けど島の外から見れば桜花が治外法権であるように、桜花内にも治外法権がある。そこに手を出せばどうなるかぐらい、予想の付いている連中には見当も付くってもんです」
「それって……」
ようやくのことで金村も見当が付いたらしい。表情が見る見る渋くなっていく。
「そういえば何軒か家があったよね、桜花島内に」
「別邸。そこに 【蓮華の間】 と呼ばれる広座敷がある。これ以上は、俺もサクヤ君に嫌われたくないんでね。
代わりに違うことを教えてやるよ。どうして 【蓮華の間】 なのか? 答えは俺たちが猿だから」
意外だったらしく柊を除いた全員が目を点にして驚く。だが驚いてばかりはいられないとばかりに、すぐさま竹田が 「なんで猿やねん!」 と抗議する。
「俺に言われても困ります」
自分でそう言ったわけではないと、柊は苦笑を浮かべる。
「ところで、仏像が乗せられている台座、あれ、なんだか知ってますか?」
猿発言から仏像と飛ぶ柊の話に、忙しい竹田や磯辺などはすぐに匙を投げるように自分の仕事に戻ったが、西松や柴は興味深そうに耳を傾ける。
「蓮華座、だったかな? 確か蓮の花ってきいたことがあるな」
「正解です」
柊の解答を聞いて柴も言う。
「そういえば菩薩だったかな? たまに花を持ってるけど、あれ、蓮だよね」
「さっきも言いましたけど、学都桜花の創始者、
「密教世界を表したっていう絵だろ?」
たまに寺で見掛けることがあるという西松に、金村も 「日本史の資料集に写真が載ってたよね?」 と。
「中心に大日如来が鎮座しているんですが、その大日如来を囲むように8体の菩薩と如来が描かれています。これが中台八葉院。この中台八葉院が蓮の花で描かれているんです」
蓮の花の中心が大日如来で、8枚の花弁の上に8体の如来と菩薩が描かれている。
「なるほど、それで 【
「その生臭い生き仏が集う場所ってことで蓮華の間。そのまんまです」
他にも学園都市桜花生徒自治会内には、仏教に着想を得たと思われる通称がある。その代表的なものが通称 「懲罰委員会」 のメンバーである。
正しくは特別風紀委員会というのだが、その内容は通称通り懲罰委員会で、招集されるメンバーは本部風紀委員会委員長及び副委員長の下に位置し、閻魔をはじめとする地獄の番人の名前が付けられている。そこから 「懲罰委員会」 に招集されるメンバー10名を 「十王庁」 と呼ぶ。正しくは 「十王の庁」 だが、面倒臭かったのか、あるいは間違えたのか、非公式記録では発足当時から 「の」 を省いて記されている。ちなみに公式記録では 「特別風紀委員会招集」 などと記されている。
「で、なんで猿やん!」
忙しくしつつも結局は気になって耳だけは傾けていたらしい竹田は、どうしてもそのことが納得出来ないらしい。その荒々しい語気に、柊は悪戯っぽい笑みを浮かべて肩をすくめてみせる。
「あ! その猿って、ひょっとして……」
思いついた瞬間声を上げてしまった金村だが、すぐさまトーンを落として隣の竹田を恐る恐る見る。
「ひょっとして、なんやねん?」
そのはっきりしない態度が気に入らない竹田の気迫に押され、金村はさらに言い淀む。
「えっと、そのですね、普通の猿じゃなくて……」
すると西松が 「ああ」 と納得の声を上げる。
「孫悟空か。お釈迦様の掌の上で遊ばれてた話が西遊記にあったんじゃないか?」
柊は 「正解です」 と拍手を送る。
「さしずめ、この桜花島がお釈迦様の掌ってところか」
西松が言うと、柴が続く。
「それで 【八葉の老師】 に 【蓮華の間】」
「せいぜい悟空みたいに、頭に金輪を付けられないようにしないとな」
そう言う西松の目が自分を見ていることに気づいた柊は、薄い笑みを浮かべて返す。これがいつもの彼の笑みである。
「そんなドジは踏みません」
「天宮より、すでに竹田さんの頭には金輪が付いている感じですね」
柊の隣にすわる柴が言うと、すぐさまその意味を理解した竹田が、投げ遣りに 「おお、むっちゃ頭痛いわ!」 と荒々しく返してくる。まだ今年度の決算も終わっていないのに、すでに来年度の予算に頭を抱える竹田。その姿はまさに、お釈迦様に付けられた金輪を、悪戯の罰に締め付けられ痛みに藻掻いている孫悟空そのものである。
「金村、他人事みたいに笑ってるけど、お前も会計だってこと忘れてないか?」
すっかり手を止めて話に夢中になっていた金村は、現実に引き戻してくれた柊を恨めしげに見る。
「天宮って本当に嫌な奴だよね。頭いいし、顔もいいし。家だってお金持ちだし、彼女いるくせにあんな可愛いことも仲いいし」
「可愛い子?」
1月の寒い日のことを思い出して話す金村だが、あの場にいなかった隣の席の竹田は不思議がる。もちろん電卓を叩く手を止めずに、である。
すぐさま柴が 「媛のこと?」 と、これまた不思議そうに尋ねる。
「だって桜花の外に彼女いるんでしょ? 前にどこかの学校のインタビューに答えたじゃん」
それでも女子の人気が落ちないのが気にくわないらしい金村。
「あれって浮気じゃないの? 彼女に教えてやろうかな」
顔がよければ全てが許されるなんて世の中間違っているなどと、日頃、不満に思っていることをどさくさに紛れて言い出す金村に、向かいの席にすわる柴は吹き出す。
「桜花の外にいたじゃん」
それこそ 「教えたければ教えてあげれば?」 と笑いが止まらない様子。もちろんその手は忙しくノートパソコンのキーを叩き続けている。隣の柊には 「お前に文句を言われる筋はない」 と睨み付けられ、金村は怯みつつも言い返す。
「来る者拒まずって、天宮みたいなのを言うんだよ」
「拒むために天宮は、わざわざ桜花の外に彼女がいるってカミングアウトしてるんだろ?」
竹田と同じく、1月のあの場にいなかった西松だが、すぐに意味を理解したらしい。不満に口を尖らせる金村に苦笑を浮かべる。
「先輩は知らないと思いますけど、天宮って
「いや、天宮が媛と親しいのはみんな知ってるって。だから天宮に、客観的な媛の人となりを訊いたんじゃないか。
若干のろけが入っていたような気はするけど、天宮と女王の仲が悪いのは間違いないし、その天宮と仲がいいってことは女王と結託することはないだろうってことで、俺たちは総意を出したんじゃないか」
まさかそんなことまで忘れてしまったのではないだろうな、と西松はにわかに不安を覚える。
「それってつまり、天宮は媛の好意を利用としてるってことですよね?」
横から 「この馬鹿、殺していいですか?」 と尋ねてくる柊を西松は苦笑で受け流し、口調を改めて金村に言い聞かせる。
「それは俺たちの総意だ。天宮に対する媛の個人的好意ではなく、桜花に対する善意を、というのが正しいと思うけど」
「いずれにせよ、表だって悪者になるのは俺ですから。副代くらいやらせてもらってもいいはずですよ」
「それは新年度メンバーで好きに決めればいい。今更俺がどうこう言うつもりはない」
「そうじゃなくてですね、先輩! 天宮が節操なしの女好きだってことが問題であって!」
改めて柊が 「金村、殺す」 と言うのを、西松は柊側の耳を手で押さえて塞ぎ、その声そのものを拒否する。
「だからさ、金村、ちょっと落ち着け。お前はコンプレックスが強すぎる」
「どうせ俺はモテませんよ。彼女いない歴
もちろんそれには理由があるのだが、最大の原因は彼が自分を知らないということだろう。その点については、面白いからだろうか? 西松は触れようとはせず、柊と比べることじたいが無意味だという。そもそも毎日鏡で自分の顔を見ているはずなのに気づかないのだが、言ったところで彼は理解出来ないだろう。
「天宮と比べれば俺だって霞になるんだ。
それよりだ、天宮の彼女が誰なのか、まだ本当にわかっていないのか?」
「西松先輩、知ってるんですかっ?」
「知ってるもなにも……媛は今も桜花の外にいるじゃないか」
ここまで言ってまだわからないのか? そう言わんばかりに西松は苦笑を浮かべてみせる。
ここに至るまで金村は西松の話を聞いていなかったのかもしれない。ようやくのことで 「それはどう意味か?」 と言わんばかりに眉間にしわを寄せて西松を見、続けて柊を見る。
「まさかと思うけど、天宮と媛を取り合おうっていうんじゃないだろう?」
勝ち目がないから止めておけと、暗に臭わせるのは先輩としての配慮だろうか。
ようやくのことで理解した金村は、驚きに目玉が飛び出さんばかりに目を見開く。
「天宮の彼女って、あの藤家の子っ?」
「西松先輩も俺も、ずっとそう言ってたんだけど?」
事務机を挟んで向かいにすわる柴が苦笑交じりに言うと、西松も同じように苦笑を浮かべる。
「金村ってさ、なんか足りてない?」
昔、壊れた電化製品はとりあえず殴ってみる。それで直ればOKという変わったやり方があった。その要領で、ネジの弛んだ金村の頭を一度本気で殴ってみたいという柊に、隣にすわる柴が言う。
「天宮の怪力じゃ、直るどころかトマトみたいに潰れるんじゃない?」
「柴、お前もねぇ……」
桜花屈指の怪力を誇る柊。柴なりのそんな柊を抑制しようとしているのだろうと推測する西松だが、トマトの赤さに飛び散る血を連想させられ、グロテスクさに笑うに笑えない。
「まぁ媛もあのお姿だし、天宮もうかうかしていられないね」
意味深長な笑みを浮かべて隣の柊を見る柴だが、西松に 「馬に蹴られるぞ」 と忠告される。
「ただ可愛いだけならともかく、あの方は女王陛下に真っ向から楯突くほど勇気のある方だ。お姿に釣られて群がる、お馬鹿さんたちの手には負えないだろうけどね」
西松の話にあの大評議会を思い出したのか、金村は恐ろしげに顔を強ばらせる。
「藤家って、みんなあんな感じなの?」
「天宮が言うには媛の個性らしい」
「俺が惚れた相手ですから」
それこそ 「当然」 と言わんばかりの柊。その誇らしげな笑みに釣られるように、西松も笑みを浮かべる。
「本当にそんな顔をするんだな、天宮も。そういう顔を見ていると、俺ももう少しだけここに居たい気もしてきたよ、残念だ」
卒業を以て桜花を去る、それは決して誰にも変えることの出来ない学園都市桜花の
彼は今日、残務の整理に来たわけではない。それはすでに片付けられていた机が、何も残っていないことを物語っている。今日は挨拶に来たのである。
「改めて挨拶なんてするのも照れくさいね。お前たちときたら、頑張れなんて言い甲斐のない奴らだし。かと言って、元気で、なんて言うまでもなく元気だし」
学園都市桜花生徒自治会執行部、それは学都桜花でもっとも強かな集団である。そんな彼らに激励の言葉など思い浮かぶはずもなく、西松が残した言葉、それは……
「せいぜい金輪を付けられない程度に好きにしろ」
project method SS Ⅰ ~それぞれの旅立ち~ 終わり
それぞれの旅立ち ~project method SS Ⅰ~ 藤瀬京祥 @syo-getu
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