scene 5『私立松藤学園高等学校 ー道化師』

「あら、珍しい客様ね」

 場をグラウンドに移した送別会はいよいよクライマックス。その盛り上がりを窓辺で見ていた西松明仁にしまつあきひとは、不意に開いた戸の向こうに同級生の桑園真寿見くわぞのますみを見る。

「特等席で高みの見物中。

 邪魔か?」

「とんでもない、大歓迎よ」

 戸を閉めて入ってきた桑園は、西松と並んで窓の外を見る。

「この景色も見納めだな」

「キャンプファイヤーにフォークダンスだなんて、ベタよねぇ」

 いつもの調子で語る桑園を横目に見て、西松は苦笑を浮かべる。

「それ、俺の前でも続けるのか?」

「なんか最近、癖になってるな」

 特に松葉晴美まつばはるみのせいで油断が出来ないという桑園に、西松は 「優秀な後輩をもつと大変だな」 と皮肉る。

「執行部よりましだろう?」

 それこそ食わせ物揃いの桜花自治会執行部。油断も隙もないと言われ、その1人である西松は肩をすくめてみせる。

「飼い慣らせれば可愛いもんだが、結構噛まれたな」

天宮あまみやなんて、甘噛みとかいいながら笑顔で食い千切ってきそうだな」

「おかげでダイエットになったよ」

 無駄な肉がなくなったと笑う西松に、桑園は 「飼い慣らせなかったくせに、よく言う」 と容赦がない。

 だが西松は 「武士は食わねど高楊枝って言うだろ?」 と懲りない。

「お前のどこが武士だよ? 英華えいかじゃあるまいし」

「その英華はどう引き継ぐかな?」

 西松が切り出す話に、桑園は小さく息を吐く。

椿つばきは十中八九、気づいてるだろう」

「お前がわざと英華を央都おうとに仕立てて、矢面に立たせたって?」

 だが桑園は何も答えない。横目に西松を見て、小さく苦笑を浮かべるだけ。

松藤まつふじ裏央都うらおうとと呼ばれて長いが、実際は央都のついではなく執行部の対。そのことは執行部も気づいているのかいないのか。知らないが、私たち松藤学園生徒会は執行部の対だ。

 だが裏は裏、表には決して出られない」

「だから央都の対の振りをしているだけ、か」

 続く西松の皮肉に、桑園は首をすくめておどけてみせる。

「状況が状況だ。権を委ねるに値する英華あたりでなければ、中央区を束ねることはもちろん、何かあった時に面と向かって松藤に意見出来ない。

 こっちはあの女王陛下に、いつ乗っ取られるかわからない状況だったからな」

 松藤学園生である彼らが、英華高校生徒会室で交わされた会話を知るはずはない。けれど非常によく似た話であることは否めない。つまり私立英華高等学校生徒会会長の椿基靖つばきもとやすが、花園寿男はなぞのとしおたち後輩と交わした推測はほぼ当たっていたということである。

「次期をどうするか?」

 その点について松葉と相談したのかと尋ねる西松だが、桑園は笑みを浮かべながら 「必要ない」 と。

「権を委ねた以上、もう私が言うべきことはないよ。状況は刻一刻と変化している。その動きをリアルに把握し、先を読んで行動出来なければ、代行とはいえ、その席に就く資格はない」

 そう言って桑園は、今は誰もすわっていないの自分の席を見る。資格ありと判断したからこそ、桑園は松葉を選んだのである。ならばもう後は彼に任せ、桑園は桜花のことわりに従って静かに卒業するだけである。

 まして読むべき先は新学期。桑園も西松も、自ら選んだ進路を進むべく桜花を出たあとのことである。意見すべきでないことは明白だろう。卒業後の桜花がどうなっているかなど、彼らは桜花の外から眺めることしか出来ないのだから。

「老婆心からいくつか忠告はしたが、松葉のことだ。幾つも聞いちゃいないだろう」

「また厄介な代行を選んだな、お前も」

「私以上の道化を演じてもらうんだ、強かな奴でなければ耐えられないだろう?」

 その点、松葉は心配ないだろうと請け合う。

「それについてはどうかな?

 場合によっちゃ、杞憂に終わるかもしれない」

 西松が言わんとすることは桑園にもわかるらしい。彼は少し寂しそうな笑みを浮かべ、窓の向こう、グラウンドで騒ぐ後輩たちを眺める。

「そうあってくれればいいが……いや、そうあって欲しいな。私の我が儘な願いだが」

「お前は心配しなくていい。執行部が動く」

「いくら執行部でもしくじらない保証はない」

「しくじっても奴らの首が飛ぶだけだ」

「例の茶会のこともある。執行部の首だけで済むとは思えない」

 桜花島内のどこかにあるという、学都桜花理事会連合の最高決定機関 「八葉の老師はちようのろうし」 が集う蓮華の間。つい最近、そこで茶会が開かれたことは一部の生徒のあいだで噂になっているが、実際のところは不明のまま。あくまで噂だが、学都桜花最強の権限をもつ理事会の動向は、とても無視出来るものではない。

「その時はその時、どうするかを決めるのは奴らだ。ケツの決まらないはったりで乗り越えられるほど、事態は甘くないことぐらい重々承知のはず。あいつらだって、学都桜花最高の頭脳集団シンクタンク、そう呼ばれるのは伊達じゃない」

「いっそ顔がいいだけの集団だったらよかったんだがな」

 顔と頭脳だけはいいのだが、性格に難がありすぎると桑園は眉間にしわを寄せる。特に2年後輩の天宮柊あまみやひいらぎなどは、良すぎる頭脳を制御する性格が悪すぎる。

「天宮を飼い慣らせる奴がいるとすれば、あの小さな媛くらいだろう。

 お前はよくやった。松藤学園生徒会歴代会長に恥じない会長だったよ」

 ただ記録に残す写真は是非と今の顔にして欲しいと言われ、桑園は不満げに口を尖らせる。

「そうそう! 写真で思い出したんだけど、西松と2ショットで撮ってくれって頼んだら松葉の奴、即効で断りやがった」

「普通の反応だ」

 桑園の方がおかしいのだと笑う西松だが、桑園は諦めきられないのか、不意に廊下から聞こえた足音に慌てて生徒会室を飛び出したかと思ったら、通りかかった男子生徒を捕まえる。強引に腕を引かれて生徒会室に連れ込まれた男子生徒の、迷惑至極顔を見て西松は気の毒そうに笑う。

「お前、役員の五百蔵いおくらだっけ? なんでこんな時に通りかかるかな?」

 松藤学園生徒会役員の1人で、壱年生の五百蔵光彦いおくらみつひこに自分の携帯電話を握らせようとする桑園だが、五百蔵は五百蔵で意地でも受け取るまいと手を固く握りしめる。

 その無言の力勝負に勝利したのは桑園。同じ男子高校生とはいえ、2学年差は大きいのか? 桑園は柔和な容姿とは裏腹に結構筋力があるらしい。逆に文化系の五百蔵は日頃、体育の授業以外に体を動かすことはない。そのあたりにも差が出たのかもしれない。

「なんで俺が?」

 肩を組んで並ぶ2人の先輩を前に、あからさまに不満を口にする五百蔵だが勝てば官軍である。気にする様子のない桑園に代わり、西松が言う。

「運が悪かったと思って諦めろ」

「前から訊きたかったんですけど、西松先輩って、本当に桑園先輩とデキてるんですか?」

「気持ちの悪いことを言うな」

 撮りながら尋ねる五百蔵に、西松は苦笑を浮かべつつ答える。

「もう、つべこべと五月蠅い子ね! 黙って撮りなさいよ」

 もちろん綺麗に撮ってねとウインクされ、五百蔵は顔を歪める。

 何枚か撮ったところで桑園がチェックすると、写っているのは西松ばかり。わざと桑園をフレームから外しているのである。

「あんた、いい根性してるじゃない!」

「桑園先輩と松葉先輩のおかげです」

 しれっとした顔で返す五百蔵に、西松は苦笑を浮かべるばかり。

「なかなか優秀な後輩だな、こいつも」

 今にもヒステリーを起こしそうな桑園は五百蔵に撮り直しを命令し、再び西松を巻き込んでポーズをとる。

「いいじゃないですか、西松先輩だけで。その方が高く売れますから」

「あんたね、私たちの写真で儲けようっての?」

「本当に鍛え甲斐のある後輩だな」

 唾を飛ばさんばかりの勢いで批難する桑園と五百蔵のやり取りに、西松はただただ呆れるばかり。

 桜花島内ではネットワークシステムが構築されており、主に各校生徒会のHPをリンクさせている。生徒会の広報活動はもちろん、部活動や同好会活動を他校にアピールするだけでなく、個人の校外活動にも利用出来る様々な掲示板による情報交換や、貧乏学生同士の物々交換から小遣い稼ぎのネットオークションまで幅広く運営されている。

 その運営は桜花自治会によって行われており、自治会の広報活動はもちろん、委員会人事やイベントスケジュールに様々な公募、懲罰発表など、自治会全会員への告知にも利用されており、アクセス用のIDとパスワードも全会員に交付されている。つまり自治会会員なら誰でもアクセス出来るが、自治会会員以外にはアクセス出来ない桜花オリジナルネットワークである。

 中でも一番賑わっているのがネットオークションだが、盗品などの出品も稀にある。そのため自治会内に設置されている運営委員会は常に目を光らせ、落札額にも上限を設けるなど、様々な形で規制している。

 最も多く出品される物は安易に手に入る写真で、他校生には手に入れにくい人気生徒の写真には高値が付く。だが盗品はもちろん、写真でも写っているものによっては運営委員会によって出品停止になり、その後風紀委員会が没収することも。

 実際にあった没収事案で一番多いのは男子風呂の隠し撮り。ネットワークを管理する運営委員会はもちろん、風紀委員会に寮の自治を行う寮長、生徒会を巻き込んで毎回大騒ぎとなる。

 松藤学園で圧倒的人気を誇るのは、やはり会長の桑園を筆頭に生徒会役員、それに自治会執行部の西松、藤原明ふじわらあきら、天宮柊、磯辺清水いそべきよみず。他にも各種委員会委員長など、話題の人物に事欠かない。松藤学園生徒会としては授業中の撮影や、当人の了承のない隠し撮りの禁止などの規制を設けているが、風紀委員は取り締まりに暇がないほど。こんな風に堂々と被写体から撮れといわれた撮影は絶好のチャンスである。

「広報活動です」

「なに言ってるのよ? これはプライベートよ、プライベート写真! 公表なんてするわけないでしょ」

 桑園の抗議もどこ吹く風。しれっとした顔で返す五百蔵は 「本当は」 と言葉を継ぐ。

「天宮や藤真ふじまの方が高く売れるんですけど、あいつらのシンパ、尋常じゃなくて。出品したとたん、半端ない攻撃しかけてきますからね」

 五百蔵と同じ壱年生の天宮柊と藤真貴勇ふじまたかいさお。同級生というだけでなく、同じ寮の同じ部屋で生活する2人の隠し撮り写真がオークションに出品された瞬間、入札額あっという間に上限額に達したことは言うまでもないが、出品者への抗議が、桜花中にいる2人のシンパから、松藤学園と自治会本部に殺到。他にも数校を巻き込んでサーバが半日近くダウンするという事態に陥ってしまった過去がある。

 すぐさま運営委員会が肖像権の侵害を理由に出品を取り消そうとしたものの、サーバがダウンしているため処理出来ず。当番校だけでは手が足りず、複数校に応援を頼みようやくのことでサーバを復旧。出品の取り消しとその理由を公表し、なんとか沈静化させた。

 しかもこの一件には後日談がある。本来ならば出品者の名前を公表し、風紀委員会から何らかのペナルティが科されるのが普通だが、この件に限っては予想されるトラブルを回避するため、自治会と風紀委員会は出品者の名前を公表せず。

 これがまた桜花中にいる2人のシンパの怒りを買い、抗議が殺到。もっとも折れて公表しようものなら、出品者に危害が及ぶことは容易に予想出来る。出品者にはシステムへの一部利用制限などのかなり重い罰が科されたことはまでは公表されたものの、未だその名前は公表されていない。この時、自治会執行部や風紀委員会、巻き添えを食らった他校数校から山のような嫌みを言われた桑園は 「あんたね!」 と声を荒らげる。

「絶対止めなさいよ! あの時どんだけ大変だったか、忘れたわけじゃないでしょ!」

 当時の不満も込めて怒鳴る桑園だが、その顔にシャッターを切る五百蔵はしれっとした顔で言う。

「次は初代の娘が入学予定です。新たなシンパが出来て、うちのサーバ、火を噴くかもしれませんね」

 それこそダウンどころか、物理的に炎上して使い物にならなくなるかもしれない。そんな恐ろしく面倒なことを、五百蔵はしれっと言い切ってみせる。

「入都式で新入生代表挨拶するから隠しようもないし、役員諸君の健闘を祈るよ」

 もっともらしい言葉で同情してみせる西松だが、五百蔵は澄ました顔で返す。

「すでに対策として、一定以上のアクセスがあった場合、アクセス制限などを行う方向で関係各部と調整中です」

 どこの学校でもそうなのだが、HPなどの運営は生徒会が主体となって行っているが、その管理や更新は情報処理や画像・映像関係の部が行っている。機材や知識のある生徒が行う、それが合理的という考えでそうなったのだが、運動部のように公衆の面前でその活動が出来ない文化部なので、関係各部にとっては格好の技術披露の場となる。

 もちろん綿密な打ち合わせや情報の管理に厳しい制約を課し、誓約書までとるほど。生徒会は活動予算を握っているだけでなく、制約を破れば予算削減はもちろん、活動停止処分、場合によっては解散命令も出せる。しかも似たような部が校内に複数あると、自分たちから売り込まなければならず、常に技術を向上させて行かなければライバルに蹴落とされてしまう。

 松藤学園でもWEB関連や印刷、写真技術などの部が複数あり、当番制や、内容によって担当を決めるなどして日頃の運営を行っている。新年度の対策としては、先週あたりから関係各部の部長を招集し、プログラムの変更に向けて調整を行っているところだという。

「もっともその前に、卒業式の動画をアップするかどうか。そろそろ結論を出さないと間に合わなくなります」

 常に色々と大変な生徒会運営だが、卒業を間近に控えた桑園に助けを求めることはない。壱年生の五百蔵も、この1年で学んだ運営方針に則りするべき役目をこなしていくだけである。

「松葉のことだから、あっさりアップしないって言い出しそうで寂しいわ」

「俺も必要ないと思います」

 だが簡単には判断出来ず、今日の送別会で様子を見ているらしい。関係各部に映像の編集はさせているものの、実際にアップするかどうかは、アクセスや抗議などの状況で判断することになっている。そして今日の判断次第で、卒業式の映像をどうするかを決めるというのである。

「どうせ報道が流すんですから、わざわざ生徒会であげる必要もないでしょう」

「ちょっと五百蔵、私が松葉ばっかり可愛がったから妬いてるのね」

「貧乏クジを引いた松葉先輩には同情しています」

 少しも羨ましくないと澄ました顔で言い捨てる五百蔵に桑園はヒステリーでも起こしそうだが、西松は苦笑を浮かべるばかり。

「頼もしい後輩のおかげで、俺たちは安心して卒業出来るじゃないか。よかったな、真寿見ますみ


          project method SS Ⅰ~それぞれの旅立ち~ scene 5  終わり

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