scene 4『私立光葉舎高等学校 ー同病相憐れむ』
桜花北区は文字通り桜花島の北側にあり、桜花全82校中、一番所属校が少ない地区でもある。
その北区を束ねる通称
同校について
公務で他校を訪れるのは初めてではないし、光葉舎を訪問するのも初めてではない。だがいつも他の先輩役員が一緒で、言われるままについていっていただけなので、いざ1人でとなると、門を入るところからどうしていいのかわからない。自校の会長に言われてお使いに来たのだが、すでに登校時間を過ぎていることもあって、通りかかる同校の生徒もおらず、声を掛けて尋ねる相手すらいないという状況である。
「その制服って、
私立
だがそれでも花束だけは落とさないよう、しっかり抱えている。引き攣るような顔で振り返る茅を見て、声を掛けてきた男子生徒は 「あれ?」 と拍子抜けした声を上げる。
「その顔って、林頭の伸島さんだよね?」
特に背が高いわけでもなければ低いわけでもない男子生徒が着ているのは、わりとよくある紺色のブレザーと同色のズボンである。ブレザーの下に着たシャツの襟には、誰が締めても同じ形になる
「伸島、ですけど?」
上目遣いに見る茅に、男子生徒は 「ああ」 と1人納得したような声を上げる。
「そういや伸島さんも妹がいるんだっけ?」
「妹の茅です」
「茅ちゃんか、可愛い名前だね」
「
今度は校内から掛かる男子高生の声に、またしても茅は飛び上がらんばかりに驚く。
「人の学校の前でナンパするな」
咎めるように言ったのは身長180センチ以上ありそうな男子生徒で、気づかないうちにすぐ後ろに立たれていた茅は、向けられるその視線から逃れるように後ずさる。
「林頭の伸島さん? こんなところで何してるんだ?」
「……の、妹です」
やはり上目遣いに恐る恐る言う茅に、長身の男子生徒は少し苦笑を浮かべる。
「わかってるって。伸島さん、俺らと同級だし」
同級生相手に、姉の方は怯えたりしないという男子生徒が着ているのは、ちょっと珍しい青緑色のブレザーで、普通のネクタイではなく、校章が刻まれたピンで留めるクロスタイ。その校章が門柱に彫られたものと同じなので、彼が光葉舎高校の生徒であることは茅にもわかる。
「前にも会ったことあると思うけど、覚えてない?」
それこそなんのイベントだったか男子生徒も覚えてないらしいが、茅はまるで男子生徒に覚えがない。
もっとも彼女が記憶していないのは、いつも先輩役員に言われるままに動くだけで必死で、周りを見る余裕がないからである。
「こんなにいい男を覚えてないなんて、茅ちゃん、彼氏いないでしょ?」
横から入る茶々に、長身の男子生徒の拳骨が、先に現れた男子生徒の頭部を襲う。
「気にしなくていい。この空っぽ頭の考えることは、いつもこんなことばっかりだから」
いつも持て余しているという長身の男子生徒の隣で、殴られた男子生徒は頭を抱えるようにうずくまっている。それを気の毒そうに見る茅を見て、長身の男子生徒はさらに言う。
「これも嘘っぱち。気にしなくていいから」
「仲がいいんですね、他の学校なのに」
他校生でも仲良くなれる、それが桜花だと長身の男子生徒は笑う。
もっとも生徒会役員ともなれば、仲良くしていればいいだけでは済まない。それもまた、学都桜花である。
だが、それをここで言うのは上級生としてどうだろう? 少なくとも彼は、未だうずくまっている男子生徒よりは配慮がある。
「ったく、お前は」
いつまで演技をしているのかと呆れる長身の男子生徒に、頭を殴られてうずくまっていた男子生徒は、まるで何もなかったかのようにスクッと立ち上がる。
「お前こそ、ちょっとくらいのれよ」
「お断りだ。大遅刻野郎」
言って長身の男子生徒は、少し怒るように自分の腕時計を示してみせる。
「それでわざわざお出迎え? ご苦労、ご苦労」
「会長に殺されろ」
それこそ酷くご立腹だという長身の男子生徒に、先に現れた男子生徒は 「嫌だね」 と舌を出してみせる。
「ところで、伸島さんの妹はどうしてここに?
「あ、あの、今日の送別会にこれを届けるようにって、うちの会長に……」
歯切れ悪く言う茅は、大事に抱えていた花束を、まるで突き出すように長身の男子生徒に差し出す。
「俺に?」
「違います!」
顔を真っ赤にして声を荒らげる茅に、先に現れた男子生徒は堪えきられず声を出して笑い出す。
「やめろよ、
「お前には言われたくない。
うちの会長に渡すよう、林頭の会長に言われてきたんだろ」
そのぐらいわかっていると、長身の男子生徒は少し面白くなさそうな顔をする。
「会長って言うか、お姉ちゃんにですけど」
花束を届けるよう言ったのは生徒会長だが、茅を指名したのは姉の
「宮仕えの苦労はどこも同じだけど、どうしてこう、姉っていう人種はこうも人使いが荒いんだ?」
「でも伸島さんとこは妹だし、俺らとはちょっと違う気もするけど?」
荷物持ちや重労働はどこの学校も下級生の宿命だが、まさか自分たちのようにポカスか殴られたり……主にそれはこちらの男子生徒のほうで、理由も自業自得なのだが……千鳥と呼ばれた男子生徒は 「どうだろうな?」 と肩をすくめてみせる。
ほぼ同時に向けられる2人の視線に、会話の意味がわからない茅は2人の顔を交互に見つつ、また一歩、後ずさる。
「あの……?」
「ああ、悪い。まだ名乗っていなかったな。
俺は私立光葉舎高校2年の
そっちは
「秋島って、光葉舎会長の秋島会長の?」
戸惑いがちな茅の問い掛けに、都波は 「弟でぇ~す」 とふざけてみせる。
「ちなみに
「どうして姉弟なのに別の学校なんですか?」
率直に思った疑問を2人の先輩にぶつける茅だが、そもそもそんな疑問を抱くことからして、少なくとも2人と茅の扱われ方は違うということだろう。
「そりゃ嫌だからに決まってるじゃん」
茅と同じくらい、都波は率直に答える。
「光葉舎と朋坂って偏差値変わらないし、姉貴が光葉舎に行ったから、俺はわざわざ朋坂にしたの。そうしたらこいつも同じことを考えてて、蓋を開けたらとりかえばや物語ってわけ」
わざわざを強調する都波は姉を避けるために朋坂高校を選んだのに、結局姉同士を交換しただけで元の木阿弥だったと大げさに嘆いてみせる。
「しかも姉貴同士の仲がいいから、お互い扱き使われ放題」
都波は今日もその姉、
「女兄弟だと違うのかな?」
都波も千鳥も姉以外に兄弟がなく、よくわからないらしい。問い掛ける千鳥に、茅は少し首を傾げて考える。
「あたしはお姉ちゃんがいたから大丈夫かと思って。桜花って知らない場所だったし、やっぱり不安で」
姉の靖子から話を聞いて学都桜花に進学を決めた茅だったけれど、やはり親元を離れ、知らない町で暮らすには不安があった。だからあえて姉と同じ学校を選んだのだと聞けば、まさに2人とは正反対である。
「女の子だね」
ちょっと笑う千鳥に、都波も 「可愛いな」 と笑う。
「あ、でもどっかの双子の姉妹は仲が悪いらしいよ」
北区でないの確かだが、どこの学校か忘れたという都波の話によれば、その姉妹、仲が悪いのは桜花に来る前かららしく違う学校に入学したのだが、理事会が定めたとおり同じ寮の同じ部屋を割り当てられた。
これは親の経済的負担を軽減することあその主な理由とされており、兄弟姉妹は、通学時間が徒歩、電車、自転車、バス、モノレールを使って片道30分を超えなければ同じ寮にするのが原則となっておりこの姉妹が特別だったわけではない。
だが入寮数日で寮長に部屋替えの申請をしたという。それも双方からそれぞれ申請してきたと言うから、よほど仲が悪いらしい。
「まぁ双子は比べられやすいから、普通の兄弟とは感覚がちょっと違うかもしれないけど」
言って千鳥は、茅が抱えた花束を改めて見る。
「伸島さん、ひょっとして明日は朋坂に行くわけ?」
今日は光葉舎で送別会が行われるのだが、だいたい同じ頃とはいえ、行事の日取りは各校それぞれである。
だが明日、朋坂高校で送別会が行われる、つまりこの2校で送別会の日取りが重ならないように予定されたのは、もちろん2人の女会長の陰謀であり、明日は千鳥が朋坂高校に出向かなければならない。だから茅も明日は朋坂高校に出向くのかと思ったのだが……。
「そう言われてますけど?」
それがどうしたのかと尋ねる茅に、千鳥は溜息交じりに 「ご苦労なことだな」 と労う。
「お互い姉に扱き使われる同士、よかったらお茶でも飲んでいかない? 予算がないから安物だけどあんまり美味しくないけど」
そう言って入校を勧める都波に、すかさず千鳥が言う。
「お前は朋坂生だろうが」
ここは光葉舎だとも言うが、都波は 「気にしない、気にしない」 とのれんに腕押し対応。
「姉貴のものは俺のものって言うじゃん」
「言うか。ホント秋島会長といい、お前といい、その性格なんとかしろ」
本当によく似た姉弟と千鳥は呆れる。しかしその頭の中ではちょっとした考えが浮かんでいた。
「伸島さんさ、せっかく来たんだし、よかったらこのまま送別会で花束贈呈とかやらない?」
今日が送別会当日だから
「式次の変更はすぐ出来るし、うちの秋島会長はそういうサプライズな演出が好きだから」
すると横から都波も 「すげぇ好きだな、あの人」 と後押しする。
このまま茅が花束だけを預けて帰校したら、花束は舞台に飾られるだけか、あるいは他の誰かが代わりに贈呈することになる。そしてその役は、おそらく弟の都波に回ってくる。わざわざ他校の送別会に参列させられるだけでも面倒なのに、そんな役までさせられるのは割に合わない。いい見世物だと嫌がる都波に、千鳥は肩をすくめてみせる。
「送別会の主役は3年生全員だけど、秋島会長はこの1年、北区を背負って頑張ってきたし、何か会長にだけ特別サプライズがあってもいいだろ? ちょっと協力してもらえないかな?」
光葉舎高校は現在の
「お姉ちゃんに聞いてみます」
携帯電話を取り出す茅に、すぐさま都波が言う。
「お姉ちゃんじゃなくて学校だろ?」
掛ける相手が違うと言って茅を慌てさせるが、横から千鳥に指摘される。
「伸島さんが自分で学校に言って、学校が許可すると思うか? 生徒会公務だから、生徒会から申請しないと」
そのためにはまず、同じ生徒会役員である姉の靖子に電話をするのは普通の対応だと千鳥は言うけれど、このとき茅が姉に電話をしようとしたのはそんなことを考えてのことではなく、いつも何かあれば姉に聞いているから。ただそれだけのことである。
「とりあえず校内に入ってもらえるかな? ここだと目立つし、会長に気づかれるかもしれない」
言って千鳥が示す先を見ると、校門近くの校舎2階、3階の窓辺に、門の様子を興味津々に見ている生徒の姿が数人ある。せっかく思いついたサプライズ企画なので秋島南には知られたくないという千鳥に背中を押され、茅はやむなく光葉舎の門をくぐる。
だが下手な同情などすべきではなかったかもしれない。この1時間ほど後、茅はとんでもない目に遭うのである。もちろん感激した秋島南が、彼女に感謝の意を表明すべく全校生徒が注目する舞台の上で激しい抱擁をしたことはまだよしとしよう。その様子を収めるべく、光葉舎の各報道関係部がまばゆいほどのフラッシュを浴びせたのである。
「あ~あ、可哀相に。目ぇ白黒させちゃって、顔引き攣ってるじゃん」
「なかなかいいカモだったな」
「人身御供の間違いだろ?」
舞台上で戸惑いも顕わな茅をよそに、袖から見ている千鳥はいたく満足げ。こうなることを知っていたからこそ 「割に合わない」 とか 「いい見世物」 などと言って断った都波も同罪だろう。
「明日の新聞や番組で、一躍有名人だな」
「番組は夜には流れるから、今夜から伸島さんは有名人だよ」
「性格地味そうなのに、ちょっとこのやり方は酷くね?」
それこそ姉の靖子から、林頭学院生徒会名義で抗議が来るんじゃないかと少しばかり心配する都波だが、千鳥は 「大丈夫だろ」 と易く請け負う。
「なんのために伸島さんはあの子を1人で来させたと思う?」
千鳥の問い掛けに、都波は数秒の思考を置いて 「あ」 と声を漏らす。
「ひょっとして、独り立ちさせたかった?」
「もうすぐ2年だし、さすがにあのままじゃまずいと思ったんじゃないの?」
「ちょーっと引っ込み思案っぽいよな。生徒会役員には向いてない性格だとは俺も思うけど、やっぱやり過ぎじゃね?」
やり方が荒っぽいのは千鳥も否定はしない。
「俺たちにこんな役をさせた伸島さんが悪い」
明らかな人選ミスだという千鳥に、都波も 「確かに」 と納得する。
「来年には嫌でも伸島さんは卒業する。
でもあの子はそのあとも1年、1人で桜花にいなきゃならないんだ。伸島さんが桜花にいられるこの1年で、何とかしたいと思ったんじゃないの?」
「気持ちはわからなくもないけど、初っ端からこれかよ?
明日の
「お前の心配はそっちか?」
「そっち」
「生まれてこの方、弟しかやったことないからわからないけど、姉っていうのも結構大変なのかもな」
「俺、妹欲しい」
「お前は
「知佳ちゃんは同級生だろ。どう考えても俺、知佳ちゃんの好みじゃないし。
だいたいあの子さ、自分よりデカい奴、視界に入れないじゃん」
「頑張って視界に入れ。
お前の出番だ、行け」
言った千鳥は、乱暴に都波の尻を蹴飛ばした。
project method SS Ⅰ ~それぞれの旅立ち~ scene 4 終わり
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