scene 3『私立松藤学園高等学校 ー影のように寄り添いて』

「戻ってこられないと思ったら、こちらでしたか」

未だ賑わう体育館の喧噪をよそに、ひっそりと静まり返った本校舎2階にある松藤学園生徒会室。送別会の進行を他の役員に任せた弐年生の松葉晴美まつばはるみは、何気なくその部屋に来て参年生の桑園真寿見くわぞのますみを発見する。

「見つかっちゃった」

 まるで幼い子供のようにおどけてみせる桑園の、さっぱりと切られた髪。全国有数の進学校、松藤学園では珍しい色物キャラを演じた桑園は、最後までそのキャラを貫くが如くつい先程、送別会において断髪式を行ったのである。席を立って舞台まで押し寄せた女子生徒たちが悲鳴を上げる中、最初にハサミを入れたのはもちろん松葉である。

 進行する式の最中を抜け出した桑園は、別室に呼んでいた美容師にざんばら髪を整えてもらい、今はまるで七五三のようだと松葉にからかわれる。

「それって、可愛いってこと?」

「気持ち悪いこと言わないで下さい」

「男ぶりが上がって惚れ直した?」

「自惚れ死にして下さい」

「もう、素直じゃないんだから」

「先輩こそ、こんなところでセンチに浸るなんてらしくありませんね」

 話しながら部屋を進んできた松葉は、綺麗に片付けられた桑園の席に着く。

「お似合いよ、次期会長」

「どうも」

 臆面もなく澄ました顔で返す松葉に、桑園は自嘲するような笑みを浮かべる。

「ご免なさいね、変なお仕事を押しつけちゃって」

「謝罪は結構です。俺は望んでこの席にすわることにしたんです」

 そのおかげで、見るたびに鬱陶しく、切りたくて切りたくて仕方のなかった桑園の髪にハサミを入れられてすっきりしたとまで言い放つ。

「相変わらず強気な子ね。

 そういえばあの髪、どうしたの?」

「捨てたでしょ」

 あんな物を取って置いてどうするのかと素っ気ない松葉に、桑園は1つの提案をする。

「あの髪、この部屋に飾らない?」

 自分の卒業記念にそうして欲しいとシナを作ってねだるが、松葉は一蹴する。

「そんな気持ちの悪いことはお断りです。学校七不思議でも増やしたいんですか?」

 それこそ桑園は色物キャラだからそういう話題になっても構わないが、自分は違うので一緒にされるのは迷惑だとはっきり言うばかりか、現在の同校七不思議に欠員はないとまで言い放つ。

「実はその手の話、苦手なんじゃないの? 松葉ったら強がっちゃって、可愛いわね」

「先輩にとっては、俺は何をしても可愛いんですね」

「可愛い後輩ですもの。

 藤家とうけにとっても、きっと桜花に来る生徒たちはみんな可愛い子供なんでしょうね」

「ずいぶんと大家族的発想ですね」

 藤林院寺とうりんいんじ家がそう思い、その中に自分が入っていることには不満のない松葉だが、桑園に可愛いと言われることには多いに不満がある。それこそ、どうせなら格好いいと言って欲しいらしい。

「私にそんな注文をつけるのは、あなたくらいよ」

「だから俺を選んだんですか?」

「まぁそれもあるけど」

 桑園は意味深に目を細めて笑う。

「藤家全体から見れば、私たちは可愛い子供でも、同じ子供同士では違っていた。

 桜花の支配を目論んだ女王陛下は、私たちを下僕にしたがっていたわ」

「先代の斉藤さいとう先輩ははじめからそれをご存じだった。

 あの人は藤家ですよね」

 桑園の1年先輩で、先代の会長を務めた斉藤尚也さいとうなおや。彼の在任当時、松葉はまだ壱年生でよくわからなかったけれど、あれから2年が経った今ならわかることもある。

 藤林院寺という名に騙され、校内の大勢を占めた現総代・高子たかいこ支持に、表だって反対こそ出来なかったけれど、彼はことあるごとに 「あの腹黒を女」 とつぶやいていた。同じ藤家の一員である彼は知っていたのである、女王陛下の本性を。

 ちなみに彼女の二つ名である 「黒薔薇の女王」 は、彼の呟き 「腹黒女」 が 「黒腹」 になり 「黒薔薇」 へと変わったもので、そのことを知らない他校生はともかく、松藤学園生徒会は隠語として使ってきたのである。

「先日の大評議会の折、桑園先輩が 『藤家はずっと桜花に寄り添い続けた』 と仰っていましたが、あれは斉藤先輩のことだったんじゃありませんか?」

「もちろん先輩もそのお1人よ。

 でも先輩だけじゃない、そうでしょ?

 特に斉藤先輩は野心家で、そういう意味でも女王陛下を嫌いだったみたいね」

「聞いた話ですが、壱年の藤真ふじまも藤家だそうですね」

「壱年の藤真? ああ、風紀の子ね」

 そういう子もいたわねと、桑園は気のない返事をする。

「本当に藤家は桜花のあちらこちらにいるの。

 でもただの一生徒として、一職員として、静かに過ごしている」

「また新たな藤家が入都しますね」

 桑園の言わんとすることを察した松葉は、自分から話を向ける。

「彼女は桜花に、静かに寄り添ってくれるかしら?」

 どう思うかと表情で問われた松葉は、肩をすくめてみせる。

「今はまだなんとも」

 慎重な態度を取る松葉に、桑園は 「あなたらしくないわね」 と笑う。

「ただ、状況は静かに過ごさせてはくれないでしょう。あの小さな媛君が望むと望まざるとに関わらず」

 すると不意に桑園は両手を打ち鳴らす。2人の他に誰もいない生徒会室に、その乾いた音がよく響く。

「ねぇ松葉、記紀神話に登場する桜の女神様の名前を知ってる?」

 日本の国土創世から古代史を記した古事記と日本書紀、これを合わせて記紀神話と呼ぶことは松葉も知っている。

 だが内容は古典の授業に出る程度しか知らず、また全文を読んだこともなく興味もない。

「テストに出ないことは知りません」

 素っ気ない松葉の返事に、桑園は 「素直な答えね」 と笑う。

此の花このはなっていうのは古来、梅の花の雅称なんだけど、記紀神話に登場する桜の花の女神様は木花開耶媛命このはなさくやひめのみことっていってね、その花の咲き誇るが如く綺麗な女神様なんですって」

「確かあの小さな媛君の名前も、朔也子さくやこっていいましたっけ?」

「だからね、桜媛さくらひめなんていんじゃない?」

 それこそ自分が女だったらそう呼ばれたいくらいだという桑園に、松葉は 「気持ち悪い」 と冷ややか。

 だがその命名そのものに異論はないらしい。

「桜は桜花の象徴であり、桜花自治会のシンボル。

 あの媛は、私たちの最後の願いを叶えてくれるかしら?」

「ご自分から、あの総代の野望を断ってみせると宣言してましたから」

 それこそ役に立ってもらおうという松葉に、桑園は苦笑を浮かべる。

「藤家を利用しようなんて、あまり考えては駄目よ」

「俺が藤家を利用して、桜花の支配を企むとでも?」

「今のあなたはしないでしょうけれど、人は良くも悪くも変わるものよ」

 それこそ松葉でも、いつ支配者となることを望むかわからない。

「肝に銘じておきましょう」

「あの大評議会の発言は、寄り添うことよりお力添え下さるように聞こえたわね」

「俺には、先輩方の悲願を汲んでおられるように聞こえました」

「あら、珍しく優しいことをいってくれるじゃない」

 少し寂しそうな笑みを浮かべて喜ぶ桑園だが、松葉は 「だからさっさと卒業して下さい」 とつれない。

「今の桜花に平穏無事はあり得ない、そのぐらいのことは重々承知でしょう。その上で、あの場であのような発言をされた。もしその覚悟なくしても、今更後には引けません」

 それこそ引かせはしないと言わんばかりの松葉に、桑園は苦笑を浮かべる。

「結局、あなたも泥を被ることになるわね」

「言いませんでしたか? 俺は望んでこの椅子にすわるんです。

 そんなことより、そろそろ体育館に戻ってもらえませんか? 女子が五月蠅くて仕方がありません」

 桑園が髪を整えるために退席したことはマイクを通して全校生徒に告げられており、女子生徒たちは男っぷりを上げた桑園を写真に撮るため、携帯電話を片手に、彼が戻ってくるのを今か今かと待ちわびている。それが時間の経過と共に殺意に変わりつつある。このまま放っておけば暴動に発展しかねないと危惧し、やむなく松葉が探しに来たのである。

荒冷あられたちを生け贄にしてきたの? 相変わらずやることが酷いわね、松葉ったら」

五百蔵いおくらあたりが上手くやってくれているでしょう」

 他の役員たちの手腕を信じているという松葉に、桑園は仕方なさそうに腰を上げる。

「あ、そうそう! あとで西松にしまつと写真撮るからお願いね」

「なんで出来てる野郎同士の写真なんて」

 桑園の同級生で、桜花自治会執行部で副総代を務める西松明仁にしまつあきひと。本気で2人の仲を疑っているのか、気持ち悪いと嫌がる松葉だが、桑園は嬉しそうに照れ笑い。

「いやねぇ、西松はノーマルよ。私と一緒にしないであげて」

「一緒です」

「大丈夫、3ショットで撮りたいなんて贅沢は言わないから」

 3人目が誰かなんて、言うまでもないだろう。松葉は心底嫌そうな顔をして返す。

「絶対に断りです」


           project method SS Ⅰ ~それぞれの旅立ち~ scene 3 終わり

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