scene 2『私立英華高等学校 ー明澄の道』

 桜花中央区にある私立英華えいか高等学校は、松藤学園、松前学院などと並ぶ学都桜花最古参の一校であり、武道の名門としても知られる男子校である。

 緑色かかった灰色の学生服は同校の象徴的制服で、創立当時からのものとあって今時珍しく襟や袖が折り返しになっている。その襟のホックをいつも留めていない東山冬吾ひがしやまとうごが、珍しく、だがちょっと面倒臭そうに留めるのを待って、花園寿男はなぞのとしおは眼前を閉ざす扉に向かって告げる。

「失礼します」

 そう言って引き戸を引くも中には入らず、その場に立ってさらに告げる。

「2年の花園と東山です」

「入れ」

 室内から掛かる静かな声を以て2人は続いて入室し、あとに入った東山が戸を閉める。

椿つばき先輩、お呼びでしょうか?」

 いつもと変わらない私立英華高等学校生徒会室だが、卒業を前に、3年生役員の机だけが綺麗に片付けられている。その1人である会長の椿基靖つばきもとやすは、入ってきた2人の後輩に手振りですわるよう示す。他には誰もいない生徒会室、彼はそこに1人で待っていたのである。

「失礼します」

 礼をしてから、2人の後輩はそれぞれ自分の席にすわる。どこにでもある灰色のスチール製事務机は少し古く、日頃、空手や剣道で鍛えている2人すわると、椅子がかすかに軋む。

 明日の送別会、そして卒業式予行、卒業式と、登校をあと3日残すのみとなった3年生と違い、いつも通りの学校生活を送っている1、2年生たち。校内の賑わいはいつもと変わらないけれど、ひっそりとした生徒会室には聞こえてくる室外の喧噪が、まるで遠い別世界から漏れ聞こえてくるように感じられる。

「昼休みに呼び出して悪いな」

 そう椿は切り出す。

「先輩こそ、俺たちと話すためにわざわざ登校してこられたんですか?」

 花園の問い掛けに椿は苦笑を浮かべる。

「いや、他に用もあったから。

 それにしても……、てっきりお前たちと一緒に来るかと思ったが、色々と気苦労のある奴だ」

 言い終えた直後、閉じられた扉の向こうから 「失礼します」 と声が掛かる。3人はほぼ同時に戸を見るが、応えるのはもちろん椿である。

「どうぞ」

 開いた戸から入ってきた人物に、椿は適当に空いた椅子にすわるよう手振りで示す。元々生徒会役員で自分の席をもつ東山や花園と違い、役員ではない彼に席はない。

「失礼します」

 そう言って花園のとなりに掛けたのは、花園や東山の同級生である有村克也ありむらかつやである。

「なんで克也が?」

 東山がそう思うのは当然だろう。東山、花園、そして有村の3人は同じ2年生であるばかりか、同じ寮で日々の生活を送っている。おまけに東山と有村は同じ空手道部に所属し、有村のことを 「克也」 と呼ぶほど親しい間柄である。

 だが現役の生徒会役員である花園、東山が生徒会室にいるのは当たり前のことでも、有村は桜花自治会執行部役員であり、執行部は各校生徒会には不干渉が原則である。

 もちろんⅠ生徒として呼ばれてきたのならともかく、同席しているのがこの面子である。どう考えてもそれはないだろう。

「俺が呼んだ」

 東山の疑問に椿が答える。昔ながらの絶対的上下関係が支配する英華高校では、3年生の椿がそう言えば2年生の東山には 「なぜ?」 とは問えない。もちろん花園も有村も。その理由を説明するもしないも椿の自由であり、3人の2年生には説明を求めることすら許されないのである。

「たいした話ではないが、気になることがある。

 それに、お前たちに言っておきたいこともあってな」

「総代選挙に関わることでしょうか?」

 椿が話そうとしているのならば、この程度の質問は許されるだろう。低くもよく通る声で有村が尋ねる。

「それもあるが、他にもある。

 率直に尋ねるが、お前たちの中で次期総代に立候補を考えている者はいないか?」

 あまりに直球過ぎる椿の質問に東山は戸惑ったものの、花園と有村は眉一つ動かすことなく、意見を伺うような東山の視線を受ける。

 だが結局3人とも口を開かないのを見て、椿は質問を変える。

「では、この中で立候補を考えてもらいたいのは誰だ?」

「そりゃ花園か克也でしょう」

 砕けた物言いだが、東山にはそれが許されているらしい。椿も特に咎めることなく、彼の意見に 「なるほど」 と頷いてみせる。

「けど花園には英華に残ってもらう必要があるので、必然的に克也でしょうね」

 生徒会役員と自治会執行部の兼任は、自治会規約で禁じられている。だから椿の代行を務める花園には、桜花総代ではなく、そのまま新年度英華高校生徒会会長を務めてもらいたいというのが東山の意見らしい。肝心の花園自身も 「俺も同じ意見です」 と。つまり彼は新年度生徒会役員選挙に、会長として立候補する意志があるということだ。

「花園が続ける以上、俺も続けます」

 もちろん立候補するのは個人の自由だが、必ずしも当選するとは限らない。

 それでも東山がそう言ったのは、現状で現役役員が落選する確率は低いから。新年度役員選挙は、おそらく3年生の卒業によって出来る欠員の補充という形になるだろう。東山が落選しないことは、この場に花園や有村と共に呼んでいることで椿も確信しているに違いない。

 言った東山は有村の意見を伺うように、机を挟んだ向かい、花園のとなりにすわる有村を見る。いつも仏頂面と言われる彼は今日も仏頂面だが、決して機嫌が悪いわけではなく素の表情なのである。

「お言葉ですが、自分には椿先輩のお考えがわかりかねます」

「それはどういう意味だ?」

 椿の問い掛けに、有村は話を続ける。

「ご存じの通り、先の大評議会で総代が、自分の後継として推薦候補を挙げています」

「後継と言うより操り人形と言うべきじゃないか、あれは?

 確か松藤の今川基春いまがわもとはる。あの総代の取り巻きの1人で、松藤生徒会役員の1人だ」

「言うまでもありませんが、松藤は我が校と同じ中央区です。執行部役員選挙ならばいざ知らず、総代選挙で同じ中央区から候補者を複数出すのは得策ではないはず。

 それなのになぜ、先輩は自分たちの中から候補者を探そうとされるのか? 自分にはわかりかねます」

 桜花自治会総代の任期は特定の年数を定めず、解任されなければ、就任から卒業までとなっている。

 桜花全区一斉投票によってたった1人の総代を選び出す、その熾烈な選挙に無名の新入生など勝てるはずもなく、歴代総代は3年生ばかり。黒薔薇の女王の異名をもつ現総代・高子たかいこの、2年生就任は自治会初のこと。無論その2年という任期も初である。

 その当選に藤林院寺とうりんいんじという名が抜群の効果を発揮したことはいうまでもないが、彼女の入念な計画によるところが大きいかもしれない。だがそのおかげで現在の有村たち2年生は総代選挙を経験しているが、現在の1年生には経験が無い。

 毎年行われる執行部役員選挙は経験しているものの、地区ごとに行われる予備選、その予備選を勝ち抜いた候補者に、いわゆるシード権をもつ現役執行部役員を交えて本選を行う執行部役員選挙と、桜花全区一斉投票の総代選挙とは全くの別物である。

 しかも有村たち2年生も、1年前は桜花に入都したばかりの新入生で、右も左もわからぬまま上級生主導のもと、総代選挙に参戦している。そんな経験不足の在校生たちの中に、また新たに新入生が入ってくるのである。混乱は必至だろう。

 さらに同じ地区から候補者を2人も出せば、混乱はもちろん支持の分裂も必至である。他の4地区も、それぞれ候補者を擁立してくるだろう。当然候補者を1人に絞り、地区内での支持をとりまとめて事に当たってくる。そうなれば地区内で支持が割れる中央区は間違いなく不利である。

 如何に今川基春を当選させないためとはいえ、桜花最凶の貧乏クジと言ってもいいクジを引くことがどれほど残酷なことか、わからない有村たちではない。そう、わかっているのである。わかっていながらも有村は言う。

「もちろん先輩が、あえてその道を選ばれるのであれば自分がいしずえとなります」

「待てや、こら!」

 椿の問いに先程は有村を薦めた東山だが、あくまで 「考えてもらいたい」 という前提である。有村にわかる状況を東山にわからないはずもなく、必要ならば自ら桜花最凶の貧乏クジを引いてもいいと言う有村を怒鳴りつける。

「ふざけんなよ、冗談じゃない!」

 先輩の前でさすがに言葉が過ぎると、すぐさま花園や有村に厳しく注意される東山だが怒りは治まらない。

「東山は不満なようだな」

 ゆっくりと返す椿に東山はその不満をぶちまける。

「絶対に承服出来ません!

 先輩の仰る意味は俺にだってわかります。

 ですが、どうして俺たちから選ばなければならないんですか? この面子から選ぶなら、はじめから克也に決まっています」

 自分では力不足だと、東山ははじめからわかっている。この場に一緒に呼ばれたのだって、おまけ程度だってこともわかっている。

 でも、だからこそ彼は、ここで自分が抗議しなければならないと思ったのである。

「今川を落選させるため、あえて同じ中央区から対抗馬を出す。確かに絶大な効果があるでしょうし、今川はほぼ間違いなく落選します。

 ですが、なぜ先輩はあえてその役を後輩にさせようとするんですか」

「もちろん俺がその役を担えるのなら、喜んでやろう」

 だか彼には出来ない。その無念さはもちろん東山にもわかっているけれど、ここで抗議しなければ有村が 「桜花最凶の貧乏クジ」 を引くことになってしまう。わかっていてみすみす友人を差し出せるはずもない。だから断固抗議を続ける。

「それも違うでしょう!

 なんで英華なんですか? 俺が一番納得がいかないのは英華ってことです! どう考えたって松藤がその役を果たすべきです!」

「中央区どころか、同じ学校から対抗馬を出せとは、思い切ったことを言い出すな」

「先輩だっておわかりのはずです。あくまで中央区を混乱させ、他地区の候補者を当選させるにはそれが一番効果的だって」

 本心を言えば、他地区の候補者を有利にするなんて御免である。

 だが次期総代戦において、どうあっても中央区は女王陛下の取り巻きを落選させなければならない。それが中央区の責任であり、央都おうと・英華の矜持プライドである。

「だが相手は不動の裏央都うらおうと・松藤だ。

 そんな貧乏クジを、わかっていて引くような頭の悪い真似、プライドが許すとは思えない。

 まして松藤にそんな真似をさせるなど、他校が許すと思うか?」

 裏央都の別名をもつ私立松藤学園高等学校の創立者は学都桜花の創始者・藤林院寺太郎坊法康とうりんいんじたろうぼうのりやす。以来、藤林院寺家が理事を務めており、現在も理事長に藤林院寺善三郎とうりんいんじぜんざぶろう、理事の1人にその息子である貴玲たかあきらが就いており、いずれ彼が理事長になると目されている。

 その藤林院寺家は、自治会や教職員組合と違い、利権の絡む理事会において代々その総長を務め、ともすれが利益追求に走りかねない理事会の頭を抑え続けている。それも藤林院寺家の一員としてではなく、あくまで理事会の一員としての立場で、である。

 自治会においても、その発足の中心となり、初代から何人もの総代を就任させてきた松藤学園。その行動力と英知、藤林院寺家との縁深さから集まる尊崇の念が学都桜花に与える影響力は絶大であり、その意向に従う学校は中央区のみならず。

 毎年区議会によって決められる中央区の代表校、央都。他地区と違い学都桜花最古参校が集中する中央区の代表校とあって、央都が持つ影響力もまた絶大でる。

 だが松藤学園は央都であろうと無かろうと、央都以上の影響力を隠然と持ち続けてきた。故に裏央都と呼ばれる。この言葉は松藤学園のためだけにあり、歴代会長によってその地位は揺るぎなく守られてきた。故に 「不動の裏央都」 と呼ばれるのである。

 その松藤学園が、もし自ら 「桜花最凶の貧乏クジ」 を引くことを選んだとしても、中央区をとりまとめる央都・英華の差し金ではないかという憶測は瞬く間に桜花中に広まり、さらなる波紋となって混乱させること間違いなし。それこそ黒薔薇の女王陛下の思う壺である。

 わかっていてその愚を犯せるかと問われれば、東山の答えは 「いな」 である。選択の余地のない問いに、東山は悔しさを噛みしめる。

「裏央都・松藤」

 忌ま忌ましさのあまり思わず舌打ちをする東山に、有村の厳しい叱咤が飛ぶ・

 だがそれでも東山は抗議を続ける。彼は、それこそが自分がここにいる理由だと思っているから。

「今の央都は英華だ。公然とは言え、裏は裏。松藤が央都を差し置いて出しゃばるとは思えない。桑園くわぞのはそこまで見越し、今年度の央都を譲ったのかもしれない」

 私立松藤学園生徒会会長、桑園真寿見くわぞのますみ。実直な椿と違い、その柔和な容姿で周囲を惑わし続けた彼が、本当にそこまでを考えたかどうかはわからないけれど、考えていたとしてもおかしくはない人物である。

「あの変質者」

「お前も桑園のうわべに騙された口か? そんな調子では奴の代行になっているあの2年にしてやられるぞ」

「会長同士の小競り合いは花園に任せます。

 俺の役目は雑魚を叩き潰すことですから」

 雑兵を叩き潰し、大将を敵将まで辿り着かせる。それが自分の役目だと東山は言う。

「不動の裏央都・松藤。その松藤が動かないとなれば、どこにこの役目が務まる?」

 央都は1校だが、支える副都は2校ある。その1校は松藤学園であり、残る1校では明らかに力不足。ならば中央区に所属するどの学校にも務まる役目ではない。それほどの大役であることは、もちろん東山にもわかっている。

 だからこそ彼は、松藤学園がその役を果たすべきだと主張するのである。

「お前の言いたいことは、もちろんわかっている。

 だが次の総代選挙、松藤校内も荒れる。生徒会が今川を支持しないからな」

 だが松藤学園内には今川基春の他にも総代・高子たかいこの取り巻きはおり、強烈な選挙運動を仕掛けるに違いない。脅迫に買収は高子の十八番であり、その指示を受けて動く取り巻きの不正行為に、学園内は荒らしになるかもしれない。

 そしてその隙を突き、取り巻きたちが生徒会を乗っ取りに掛かる恐れもある。いや、十中八九、黒薔薇の女王陛下は狙ってくるだろう。椿ですら気づいた可能性である。彼女が見過ごすはずがない。もちろん彼女の支配から同校を守り続けた桑園も。だからこそ彼は今年度、松藤学園を央都にしなかったのかもしれない。

 各地区の代表校、副代表校から成る代表議会。大評議会と呼び分けるため五芒星ペンタグラムと呼ばれるその代表議会において、裏央都という特殊な地位にある松藤学園は常にそのメンバーに選ばれてきたが、必ずしも中央区の代表校、つまり央都であったわけではない。もちろんそれはその時々の会長の気まぐれであったり、目論見であったり。

 桑園が今年度の央都を英華高校に譲ったのはただの気まぐれだったのか、あるいは年度末に起こるであろう松藤学園の混乱を予測し、代わりに中央区を束ね、抑止力として、あるいは対抗出来るようその権を預けたのか。

 だが現在、裏央都・松藤学園の全権を握る桑園真寿見がその本心を明かすことはなく、椿たちは推測するしかない。

「松藤には松藤の立場がある、それはもちろん自分にもわかります。

 ですが中央区にとっても、英華にとっても、克也も花園も捨て駒になんぞ出来るか!」

「東山、言葉を慎め」

 仕方のないことだとなだめる花園だが、彼は自分が英華高校生徒会を抜けられないことをわかっている。だから自ら名乗りを上げることは出来ない。

 もちろんその苦衷は東山も理解出来るから、花園を責める気は毛頭ない。けれど納得出来ないのである。

「どうせ捨て駒なら俺で十分でしょう。

 花園は新年度会長、克也は自治会に据え置き。これは絶対です。新総代がどんな奴になろうと、自治会を立て直すために2人は絶対意に必要です。どうしても候補者を擁立しなければならないのなら、俺が出ます」

「友情ごっこは要らないよ、東山」

 わざとだろうか。椿は殊更冷ややかに言う。

「友情ではありません。理由はたった今、述べました。俺程度では克也や花園ほどの効果は望めないことはわかっています。ですが適材適所で言うなら、他には俺しかいないじゃありませんか。

 もちろんやるからには、負けるとわかっていても全力で戦います」

 それこそわずかでも望みがあるのなら、勝ちを取りに行く。なんとも東山らしい主張に、有村は仏頂面を崩さなかったけれど、小さく息を吐く花園はわずかに口の端をほころばせる。

「俺は英華高生です。その意地にかけて、精一杯戦います」

 東山の宣言に、しばしの沈黙が流れる。ただ何もない、本当に静かな沈黙である。

「……試すようなことを言って済まないと思っている」

 ほどなくその静けさを乱さぬよう、椿はゆっくりと話し出す。

「お前たちを信用していないわけじゃないが、事後を託すにはあまりに大きすぎる。

 かと言って卒業を以て桜花を去る、これは決して破られぬ桜花のことわりだ。どれほど後ろ髪を引かれようと、俺たちは桜花を去らなければならない」

「俺たちも同罪です。入都したばかりで何もわからなかったとは言え、間違いなくあの総代に一票を投じました。それは紛れもない事実です」

 その功罪を贖うために残された期限はあと1年。どれほどのことが出来るかわからないけれど、出来る精一杯をしなければならない。そういう花園の言葉に椿はゆっくりと頷く。

「松藤が動けない以上、お前たちの中から候補者を出すのが一番の方法だと思った」

 けれど女王陛下の後始末のため、むざと後輩を犠牲にするのも忍びない。彼なりに悩み、やむなくとった行動だろう。

「俺の立場でこんなことを言うべきではないとわかっているが、本当は誰でもいいと思っている。今川を確実に落選させ、あの総代の支配を完全に断ち切ることが出来るのなら誰でもいいんだ」

 だが失敗は許されない。だから彼は最後の最後まで悩んだのである。

「これだけは言っておく。姿形に惑わされるな。俺たちはあの総代の『藤林院寺』という名に惑わされたが、本質は常日頃に顕れるもの。

『藤林院寺』であっても誰もが桜花のためを思うわけでもないが、逆も然り。花園と有村は直に見ているが、あの小さな媛がいい例だろう。桜花におらずとも、間違いなく現状を憂えておられた。

 名は所詮、集団において個を判別するためのものに過ぎない。心を澄まして本質を見極めれば、自ずと取るべき道は開ける。その道にこそ、お前たちの戦うべき理由はある」

 そう言った椿は、改めて東山を見て続ける。

「お前も、決して捨て駒になっていいわけがない。

 もちろんそれだけの価値ある大義のためならばそれもいいだろう。お前がそう思うならば。

 だがこの戦いは、もとより俺たちは敗者だ。決した戦いの場を新たに移し、活路を見出すための戦いだ。

 お前たちが戦う場は、その道を切り開くため。続く後輩たちのために切り開く道は、見誤らないでくれ」

 これが去る者に出来る精一杯。椿にはもう、続く後輩のために戦う場はないのである。

「最後に1つ。これは噂だが、大評議会直後に蓮華のまで茶会が開かれたらしい」

「蓮華の間って……狸どもの化かし合い?」

 思わずいつものように言ってしまう東山に、机を挟んで向かいにすわる花園が 「東山」 と苦笑交じりに窘める。

「桜花理事会『八葉の老師はちようのろうし』ですか」

 花園が確認するように呟くと、有村が続く。

「その噂は執行部でも把握しています。

 ですが先輩もご存じのことと思いますが、蓮華の間は所在が明らかではなく、噂の真偽は不明のままです」

 桜花理事会最高決定機関である 『八葉の老師』 たちが集う蓮華の間。なぜ所在すら明らかではない茶会の開催が、噂となって流れてくるのか。そもそもそこからして謎なのである。

「執行部には狸の孫がいるじゃん。あいつも知らないのか?」

 面白くないと言わんばかりの東山が言う 「狸の孫」 とは、もちろん桜花理事会副長を務める天宮葵茜あまみやきせんの孫、天宮柊あまみやひいらぎのことである。

 だが彼には彼の事情があるのかもしれない。あるいは本当に知らないのか、のらりくらりと執行部内の追及をかわしているという。

「狸の孫は所詮狸か」

 仕方がないと言う東山だが、言葉とは裏腹に表情は不満そのもの。

「定例の報告会とは別の日、それも大評議会と同日に行われたこともあり、執行部も懸念してます。

 推測ではありますが、理事会が動くとすれば新年度。入都式以降と思われますが、執行部はすでに理事会の動向を注視しています」

「すでに執行部が動いているのなら余計なことだったかもしれん。

 理事会相手に必要ないと思うが、英華を動かすことを容認する。必要であれば使え。

 先にも言ったが、総代候補はお前たち以外でもかまわない。お前たちが擁立を望む人物なら、俺もその生徒を信じよう。全力で戦え。

 必要に応じて全校生徒の動員を認める。人選、及びその判断、動員の全権は花園に一任する。

 俺からは以上だ」

 言って椿が立ち上がると、3人の後輩も立ち上がる。

「お前たちの善戦を祈る」

 そう椿が言うと、彼の後を受けて代行を務める花園が姿勢を正して言う。

「私立英華高等学校生徒会を代表して申し上げます。3年間、ありがとうございました」

 同じように姿勢を正した東山、有村と共に深々と頭を下げた。


         project method SS Ⅰ ~それぞれの旅立ち~ scene 2 終わり

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