それぞれの旅立ち ~project method SS Ⅰ~

藤瀬京祥

scene 1『私立松前学院高等学校 ー金村伸晃の災難』

 中央、東西南北の五つの地区に分けられた桜花島内。その中央区のほぼ中央には桜花大講堂を擁する広大な桜花中央公園が広がり、その東側に私立松前まつまえ学院高等学校はある。

「1年3組金村かなむら君、至急生徒会室まで」

 そんな校内放送が入ったのは、丁度金村伸晃かなむらのぶあきが登校してきてすぐのことである。

 私立松前学院高等学校1年3組の教室はいつもの朝のように雑然としており、登校してきた金村伸晃は見掛けるクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席に向かう。そして机の上に鞄を置き、コートを脱ごうと襟をつかんだところで聞こえてきた校内放送に、思わずスピーカーを見上げる彼の顔が歪む。

「……この声……長峰ながみね先輩?」

 すっかり浮かれた女生徒の声は2回、同じことを繰り返して放送を終える。すぐさま周囲にいたクラスメイト数人が笑いながら金村に近づいてきて、口々に声を掛ける。

「金村、ご指名だぞ」

「ほら、早く行けよ」

「先輩、首を長くして待ってるぞ」

 口笛まで吹いて冷やかすクラスメイトに、呆然と立ち尽くしていた金村は我に返り、すぐさまばつが悪いそうに 「行くわけないだろ」 と口を尖らせる。

 校内放送の声の主は3年生の長峰恭子ながみねやすこ。そして呼び出された先は生徒会室。行けばどうなるかぐらい、もう金村もわかっている。さすがの彼も、まだまだ力不足は否めないまでも、少しはこの1年で学習したのだろう。

「無視したらあとが怖いぞ」

「先輩、今日が最後だろ? 次の登校してくるのって、卒業式の予行じゃん」

 これから最後の学年末考査が行われる1、2年生と違い、3年生はすでに自由登校になっている。その登校日も今日の送別会が終われば、あとは卒業式の予行練習と本番の2日のみ。

「行ってあげろよ」

「なんで俺が? お前ら、他人事だと思って楽しんでるだろ!」

 絶対に行かないと言い切る金村はコートを脱ぎ始める。それこそ校内放送なんて聞こえなかったことにすればいいと言い出したのには、クラスメイトたちも、彼にしてはよく考えたものだと感心するどころか拍手まで贈り、その成長ぶりを称える。

「あら、金村のくせに学習してるじゃない」

 不意に、金村を囲むクラスメイトの輪の外から掛かる声に全員がハッとし、一斉に振り返る。そこには女子生徒が1人、囲む男子生徒たちの肩越しに金村を見て仁王立ちしていた。

 私立松前学院高等学校2年生、古城絵里ふるじょうえりである。

「そんなこともあろうかと思って、迎えに来てあげたわよ」

 そう言って彼女が一歩進むと、囲みが割れて金村までの道が開ける。

「あの、先輩?」

 この期におよんで何か用かとシラを切ろうとする金村だが、古城は大股に歩み寄ると金村の、コートを脱ぎかけた腕を取る。

「いいから来なさい」

「えっと、あの、コートぐらい脱がせてくれても……」

 あまりに唐突すぎるその登場に、他に言い訳が思いつかなかったのだろう。ものの1分も稼げないような言い訳をする金村だが、古城はその1分に満たない言い訳すら認めない。

「いいわよ、着たままで。どうせ会長が脱がしてくれるから」

 そう言ってにやりと笑うのを見て、金村の背筋に悪寒が走る。

「まぁコート以外も脱がしてくれるかもしれないけど」

「嫌ですよ!」

 当たった嫌な予感に、思わず古城の腕を振り払おうとする金村だが、それを見越していたのか、古城も両手で掴んで放そうとしない。

「最後の奉公だと思って諦めなさい」

「なんで俺がっ?」

「男だったら、四の五の言わないでさっさと来る!」

「だったら俺、女になります!」

「はいはい、なってから言いなさい」

 金村の必死の抵抗も虚しく、古城を応援するが如く薄情なクラスメイトたちは手を振る。

「頑張ってお勤めして来いよー」

「さらば、金村の童貞」

「骨くらいは拾ってやるからな」

「あの先輩、骨も残さず食いそうだよな」

 それこそ獰猛な肉食獣並みだと笑って送り出すクラスメイトたち。さすがにそれは古城も聞き捨てならなかったらしい。

「そこまで悪食じゃないわよ、先輩も」

「古城先輩、問題はそこじゃありませんから!

 お前らも、余計なこと言ってないで助けろよ!」

 下手の助けに入ろうものなら巻き添えは必死。ここは黙って送り出してやるのが友情というものである。必死に助けを求める金村だったが、その声だけが虚しく教室に尾を引いて残った。

 校内を古城絵里に引き摺られるように連れてこられた生徒会室では、放送の声の主、長峰が金村の到着を今か今かと待ちわびていた。

「遅かったじゃない、ノブ君!」

 今時流行らないぶりっこを全身で表現してみせるのが、私立松前学院高等学校3年生の長峰恭子。今年度同校生徒会会長である。

 普通教室と同じサイズの生徒会室には、古城や長峰の他にも生徒会役員がいるのだが、彼女はその全員の存在を無視するが如く、金村の全身から溢れる-オーラさえ無視し、喜びを表現してみせる。

「放送入れてから何分待ったと思ってるのよ、もう!」

 まるで焼き餅を焼くが如く、彼女のためにここまで金村の腕を掴んで引き摺ってきた古城から、少し乱暴にその腕を奪う。その労を労うどころか恋敵ライバル扱いである。

 もっとも古城も感謝して欲しいとは微塵も思っておらず、これでお役御免だとばかりに溜息を吐く。

「ちょっと、古城先輩!」

 思わず助けを求める金村だが、古城は始めから長峰に差し出すため迎えに行ったのである。ここで助けてくれるはずもなく、案の定、知らん顔。

「聞いてる? ノブ君ってば」

「はい、聞いてます聞いてます! 聞いてますから腕、放して下さい!」

 投げ遣りにわめき散らす金村だが、長峰は掴んだ金村の腕を放すどころか、腰のあたりの腕を回して抱きついてくる。

「駄目。ノブ君、絶対逃げるもん」

 語尾にハートマークでも付いていそうな艶めかしい声に、金村の背筋を悪寒が瞬時に這い上がる。

「に、逃げませんから! 逃げませんから放して下さいよぉ~」

「その逃げ腰で言っても誰も信じないでしょ」

 知らん顔をしている他の役員同様、何かしら仕事を始めた古城だが、体をひねるように出入り口を向いている金村の足を冷ややかな目で見る。

「あ、そうそう。忘れないうちに言っておくけど、あんた、新年度も執行部に残るのよ」

「嫌ですよ! 天宮あまみやとかしばとか、先輩、一回あいつらと一緒に仕事してみて下さいよ! どれだけ大変か!

 だいたい残るのよって言われたって、あれ、選挙で決まるんですよ。そんな勝手なこと言われても……」

 困惑も露わな金村だが、古城は 「だから何?」 と返す。

「そんなの当然でしょ?」

「それはつまり、選挙で当選しろってことですか?」

「当たり前じゃない。あんた、どこまで馬鹿なの?」

「そんなお馬鹿なところが可愛いんじゃない」

 ねぇ……と同意を求めてくる長峰だが、金村はそのまとわりついてくる腕を必死に払いのけようとして払えず、苦闘している。

「先輩も、こんなお馬鹿のどこがいいんですか? ちょっと可愛い顔してるだけじゃないですか」

 人目を憚ることなく金村に迫る長峰に古城は、それこそお飾りには丁度いいけれど、実務にはてんで役に立たないと嘆いてみせる。

「だいたい現役役員はシードで本選からしか参戦しないんだから、有利でしょ? 楽勝じゃない」

「そんなに言うなら、古城先輩が執行部に立候補すればいいじゃないですか!」

「あ~ら、お馬鹿にしてはなかなかの反撃だけど、あたしには次期生徒会会長っていう重大なお役目があるんです。残念でした」

 もちろん松前学院生徒会も選挙制である。だが今からすっかり当選するつもりでいる古城の自信に、金村は呆気にとられる。

「絵里ちゃんはね、伊達にあたしの代行になろうっていうんじゃないの。当然次の会長をもくしてのことなのよ」

 次の会長は、古城ほどの自信が無ければとても務まらないという長峰だが、その次の会長にはそんな自信は必要ないと聞き、金村は怪訝な顔をする。

「それ、どういう意味ですか? 次の会長だけ特別な意味でもあるんですか?」

「ノブ君は知らなくていいの。これはあたしたちの問題だから」

 長峰が言う 「あたしたち」 とは誰と誰のことなのか? 長峰と古城、2人の約束のようなものなのか? あるいは2人以外にも 「あたしたち」 に入る者がいるのだろうか?

 意味深な言葉を考えてみる金村だが、背中に貼り付いていた長峰の腕が脇下から胸元に回り込んできたものだから、思考を停止させて悲鳴を上げる。

「やめてくださいって!」

「なんなの、このお馬鹿は? 女の方から迫ってるっていうのに、甲斐性なし」

 逆に押し倒すくらいのことをしてみせると発破を掛ける古城に、金村は返す言葉もなく赤面するばかり。そんなところが可愛いのだという長峰は、金村の耳元で 「食べちゃいたいくらい」 と囁き金村を硬直させる。

「長峰、食べてもいいけど送別会が終わってからにしろよ」

 そう言うのは長峰と同じ3年生で、副会長を務める大原陽一おおはらよういちである。なかなか整った顔立ちに背も高い彼は女子生徒の人気も高く、頭も切れる。実際生徒会を裏で操っていたのは彼だが、あくまで最終決定を下すのは会長の長峰恭子。彼女もまた、この学都桜花で1校の会長職を務め上げた実力者である。

 だが金村攻略に関しては、完全に作戦を間違えているといわざるを得まい。真後ろを向いた彼の性格は、迫られれば絶対に逃げると決まっているのだから。もっともこの直線的な迫り方は、読みが浅いというより自分に正直なだけだろう。

「ちょっと大原さん、見てないで助けて下さいよ!」

「なんで俺が? 嫌だね。何が楽しくて野郎なんざ助けなきゃならない?」

 大原もまた自分に正直な性分らしい。いともあっさりと、綺麗さっぱり見捨ててみせる。

「なんでうちの生徒会って、こんな薄情な人ばっかりなんだよぉ~」

「人聞きの悪いことを言うな。お前の女運が悪だけだろう。

 それと、今日はお前、送別会で長峰のエスコート役だからな」

 そのために呼んだのだと、ようやくのことで受ける説明に金村はまたまた呆気にとられる。

 今日は卒業式を前に、3年生の送別会が1時間目から行われる。もちろん主催は生徒会だが、卒業する長峰と大原は他の3年生同様主賓扱いである。特に長峰は3年生を代表して挨拶することになっている。

 大原の簡潔な説明によれば、金村は、3年生入場から退場まで、つまり送別会の始めから終わりまで長峰のとなりに居なければならないというのである。

「なんですか、それはっ?」

 それこそ長峰は生徒会長である。その後を受けて代行を務める古城こそがその役に相応しいのではないかと抗議するが、大原は 「それも考えたけどな」 と金村が選ばれた理由を説明する。

「女同士じゃつまらないだろ? やっぱこういうときは男女セットじゃなきゃな」

 ここで 「カップル」 ではなく 「セット」 と言うところが無骨で事務的な大原らしい。そうして古城に自分のエスコートをさせることにしたらしい。つまり完全な見世物である。

 もちろん主催者である生徒会は、送別会を盛り上げるために企画したのだろう。だから役員たちが見世物になるのはともかく、関係の無い金村にはいい迷惑である。

 現在、不本意ながらも自治会執行部を務める金村だが、松前学院内では1生徒であり、1生徒会会員に過ぎないのである。それなのになぜ、こんな貧乏くじを引かなければならないのかと抗議する。

「お前、自治会執行部じゃないか」

「執行部は生徒会には不干渉が原則です」

「会長の卒業に花くらい持たせろよ」

「それだったら別に、俺じゃなくてもいいじゃないですか!」

「お前が長峰のお気に入りだってのは校内周知の事実だ」

 それこそどこからも苦情が来なくて丁度いい。金村以上の適任はいないと言い放つ大原に、金村は唾を飛ばしながら反論する。

「あんたらが周知徹底したんでしょうがっ!」

 思わず先輩を 「あんた」 呼ばわりしてしまうほど平常心を失っていう金村だが、不意に長峰の手がズボンのベルトに触れる。その瞬間、本能的に身の危険を感じた金村は悲鳴を上げる。

「それ以上、下はやめてー!」


            project method SS Ⅰ ~それぞれの旅立ち~ scene 1 終わり

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