量産型シュークリームだったわたくしが、悪役令嬢に転生した時の決意表明ですわ

胡麻かるび

≪短編≫ 量産型の悲運


 わたくしは前世で只のシュークリームをやっておりましたわ。

 しかもコンビニで売っているような量産型のもの。


 量産型といっても、これでも立派にシュークリームをしておりましたのよ。

 コンビニの棚に並べられたわたくしの晴れ晴れしい姿と言ったら……。


 疲れ果てたOL、サラリーマンの方々からは、思わず手に取ってしまうほど輝いて見えたことでしょう。

 通り過ぎる度に足をお止めになられて……。

 ふふ、わたくしの美貌に釘づけになっていることでしょう!


 しかも今、足をお止めになったのは今時流行りのスイーツ系イケメン男子!

 あぁ、あの細い唇と小さな頬に堪能されて最期を迎えてみたいものですわ。

 それがわたくしたち、コンビニスイーツ勢の本望にして、至高のエンディングっ!



 どうぞお取りになってよろしくてよ。

 疲れた体に糖分は必須でございましょう?

 最近のコンビニのスイーツ勢をなめないでちょうだい!



 あ、どちらへ行かれますの?


 わたくしを手に取ってくださっていいんですのよ!


 わたくしを選んでくださいな!




 あぁ……行ってしまわれましたわ。


 わたくしは売れ残ってしまうのでしょうか。

 ただでさえ消費期限じゅみょうの短いわたくしたちシュークリーム。

 売れ残ったら最後、あの醜いコンビニ店長に乱暴に頬張られるという末路が待っていますの。


 しかし、わたくしにはもっと悲惨な運命が待っておりました。

 いえ、それはそれは悲惨を飛び越えて、凄惨そのものでしたわ。



 深夜のコンビニ。

 もはや売れ残ったスイーツ達がひっそりと余命幾ばくかという状態をひしひしと待ち詫びるだけの時間帯のことですわ。


 そのお方は現れました。


 人間として底辺。醜悪なお姿。

 見た目はおそらく30代〜40代。人生を投げ捨てたおニートな方なのでしょうか。お時間潰しも甚だ、ふらりと訪れたかのようですわ。

 お庶民以下の、それもそれも汚庶民の方です。

 深夜にコンビニに訪れる時点で、そのカーストの枠組では最下層に位置づけられること確定予測の域を超えて因果とも言えましょう。


 わたくしはそのお方に気まぐれ程度に手に取られ、そして買われてしまったのです。


 しかも、持ち帰られたわたくしは食べられる以前に落とされ、お掃除もお座成りな穢らわしい床にぶちまけられて、その生涯に幕を閉じたのですわ。


 あぁ、なんと嘆かわしい悲劇でしょう。



     ○



 現在のわたくしは、所謂「悪役令嬢」というものをやっておりますわ。

 どうやらとある乙女ゲームに登場する、主人公をいたぶり、最後にはしっぺ返しを食らって没落する貴族、という設定のようですの。


 なぜ前世でも悲惨な終わりを迎えたこのわたくしが、またしてもそんな不遇エンド確定の末路を待たなければならないというのでしょう!

 ですが、わたくしはリベンジを決意いたしました。


 どんな手を使ってでも、わたくしはハッピーエンドを迎えてやります!


 攻略対象は全員イケメン。

 そんなイケメンたちに囲まれ、逆ハーレム状態を迎えようという主人公の子を甚振るというのがわたくしの役目のようですわ。

 しかし、それも細心の注意を払わなければしっぺ返しが待っています。

 しっぺ返しが来ることが分かっているというのに、「悪役令嬢」という設定の因果が、わたくしを駆り立てて仕方ないのでございます。



 と、言うわけで主人公の恋愛イベントを妨害してみようと思います。



 わたくしが通っている貴族たちしか入学できないはずの学園。そんな中に紛れ込んだ庶民と見せかけて実は王族の血筋だったという設定の少女アネット・ローライトがこのゲームの主人公のようですわ。

 なんというご都合主義かしら。

 前世でコンビニの量産型シュークリームで、それ以上でもそれ以下にもなれずにおニートな方に床にぶちまけられただけのわたくしと比べて、なんて優遇されたスペックなんでございましょう。

 考えただけでも憎々しいですわ。


 アネットが既にフラグを立てているイケメンは、ギルバート・パインロック。とある豪商貴族の長男で、結婚後は将来、豪遊生活不可避の甘いマスクの清楚系イケメンとのことですわ。長い天然パーマの髪を横分けし、クラスメイトのお嬢様たちからの熱烈な視線を一心に集める殿方ですの。


 だというのに何故、表向きは庶民設定のアネットがギルバートとフラグを乱立しているのでございましょう。悪役令嬢の血が騒ぎますわ。


「アネット、今日は良い天気だね。こんな日に庭で食べられるなんて最高だよ」

「は、はい……! その、ギルバートさん、なんで私なんかとランチを……」


 アネットは今、ギルバートとの中庭ランチイベントを発生させている最中ですわ。それをわたくしが偶然通りかかり、お食事マナーの不出来を取り上げてギルバートに悪い印象を植え付けさせる、というのが本来の流れでございますわ。

 しかし、ここでわたくしの傍若無人っぷりをギルバートが見ることで、アネットの性格を引き立てる材料になってしまうというのがゲームの本筋。

 それは何としてでも阻止しなければなりませんわ!


「おーっほっほっほ! ごきげんよう」

「おや、ベアトリス。どうしてキミがこんなところに?」


 ちなみにこのゲームのわたくしの名前はベアトリーチェ・ド・フランボワーゼというらしいのですが、そんなことはどうでもよろしくてよ。


「お二人でお過ごしのところ御免あそばせ! どうも目についてしまったのでお声かけ失礼いたしますわ」

「あはは、別に気にしなくていいよ」


 ギルバートはこのように誰に対しても公平に甘いマスクを披露するのが人気の要素でありますわ。

 それを利用してやるのが悪役令嬢の技というものよっ!


「アネットさんのような庶民の方が、まさかパインロック家の正式な跡取りと、お庭でランチだなんて、あまりの衝撃的な光景に我が目を疑ってしまったのですわ」

「あ……う………そ、そうですよね。私みたいな女が……」


 おっといけませんわ。これでアネットが謙遜的な態度を示してしまうところにギルバートがキュンとしてしまうのでしたわ。


「いえいえ、庶民のあなたにしてはしっかりナプキンを敷いてお弁当を食べておられますので、なかなか大したものでございましょう」

「ベアトリス、そんな事を言うなよ。彼女だってこの僕のために丹精込めてお弁当を作ってきてくれたんだ」


 あー、ダメですわ。どうしてもこの口調だとアネットに厭味を言っているようにしか喋れませんわ。


「その……ベアトリーチェさんもどうですか? お弁当、多めに作ってきてしまったんですけど」

「なんて無礼な子なのっ! わたくしにそんな庶民が作ったものを口に入れろというの?!」

「す、すみません……!」


 はっ―――今のは受け入れてあげるのがわたくしの器を広げ、そして迎える没落エンドを回避するターニングポイントだったのではありませんこと?

 咄嗟に突っ返してしまいましたわ。



「ベアトリス! 突っかかるのはやめろ。彼女のことが気に入らないならあっちへ行けばいいだろう」



 あの八方美人なギルバートがアネットを守るために初めて異性に吠えかかるイベントがまんまと発生してしまいましたわ。それを見たアネット(プレイヤー)が自分だけ特別扱いというのを感じられる貴重な場面です。

 あぁ、これが悪役令嬢の定めなのですね……。


 わたくしはここで悔しまぎれに一言暴言を吐いて立ち去り、そしてアネットとギルバートの仲がより一層深まってイベント終了という進行でしたわ。

 やはり定めには抗えぬのですね。

 所詮わたくしも前世がシュークリームというだけのただの悪役令嬢でしたわ……。



「待ってください。ベアトリーチェさんっ」



 でもそこで予想外のことが起きましたわ。

 なんとアネットがわたくしを呼び止めたのです。


「……なにかしら?」

「お弁当以外にも、お菓子を作ってきたんです。私、昔からこれには自信があるんですよ」



 そうしてアネットが取り出したるは、なんとなんと……。



 わたくしの前世の姿。

 まさにシュークリームでした。

 こんがり焼きあげた絶妙なシュー皮。カリサク系に焼き上げた絶妙な火加減を感じますわ。

 ふんだんに練り込まれたカスタードクリームも、濃厚な香りが漂い、今にもシュー皮から零れ落ちそうなほどでございます。

 そして粉砂糖の量も一品。多すぎず、少なすぎず、口元を汚さない程度の粉砂糖が降りかかってます。

 これは誰がどう見ても一級品のシュークリーム。

 前世には量産型だったわたくしからすれば、その輝かしさたるや、眩暈が襲ってまいりましょう。



「こ、これは……あなたがギルバートのために昨晩徹夜で完成させた大事な大事なシュークリームではございませんこと……?」

「え!? なんでそのことを?!」


 悪役令嬢に転生したときにゲームの進行をだいたい覚えてしまったのよ。だというのにこの少女が取った行動はわたくしが把握している台本にはない事をしておりますわ。


「まぁいいですけど……。なんだか今、ベアトリーチェさんにこのシュークリームを食べてもらいたいと思ったんです」



 ……ああ、このシュークリームには想いが籠ってますわ。

 愛する人に食べてもらいたいという決死の想いが。


 それに比べてわたくしは何と浅はかで、醜悪なんでございましょう。

 悪役令嬢に転生したというのも、元よりそんな醜悪な性格だったからでございましょうか。


「完全に……敗北、と書いて、完敗でございますわ……」

「え? どうしたんですか? ベアトリーチェさん」


 わたくしは決意しました。

 この少女アネットこそ幸せになるべき主人公なのでしたわ。

 わたくしはその少女を影で応援する悪役令嬢ダークヒーローになってやりますわ。

 わたくしがハッピーエンドを迎える少女アネットになるには、まだ修行が足りてなくてよ。


「これは頂けません」

「えー、でも……」


「こんな綺麗なシュークリーム……綺麗な方に食べてもらってこそ本望だと思いますわ。ぜひギルバートさんに差し上げてちょうだい」


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量産型シュークリームだったわたくしが、悪役令嬢に転生した時の決意表明ですわ 胡麻かるび @karub128

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