夕焼けの教室2
『“干渉する力”、そのものに衰えはないはずだ』
とゼンは言った。
『リアレイトに“干渉”すればいい』
目をつむり、身体を休める俺にゼンは語りかけた。
『本当は、戻りたいのだろう。私が過去を忘れることができないように、お前がリアレイトで過ごした日々を忘れるなど、絶対にできないはずだ。……好きに、戻れば良い。お前にはその力がある。私と戦っていたときも、リアレイトの人間が何人か混じっていたな。ミオも――あれ以来、レグルノーラで見かけない。リアレイトに居るのであれば、探してみるのも良いかもしれない。私と意識が別れているうちに、動くべきだ。私と意識が混ざり、元に戻らなくなればもう、それすら叶わない。躊躇する必要も、遠慮する必要もない。急げ。今なら未だ、間に合うはずだ……!』
………‥‥‥・・・・・━━━━━■□
目を覚ますと、そこは自分の家だった。
朝の日差しがカーテンの隙間から差し込んで、俺は目を擦り、身体を起こす。頭を掻き上げたが、そこに長い銀髪はない。手の色は少し黄色がかっている。ベッドから降りて部屋を出ると、朝ご飯の支度をする音が耳に入った。階下で料理をしているのは母親に違いない。
「おはよう、凌。ホラ、さっさと支度する!」
毎朝聞いていた懐かしい声が耳に入ると、なんだか胸が苦しくなった。
洗面所で鏡を覗くと、そこには懐かしい俺の、冴えない男子高生“来澄凌”の顔があった。
ゼンの意識が身体にないのは直ぐにわかった。
俺の意識が独立して、リアレイトに干渉してきている。俺はこの世界に干渉することで、自分の生活を取り戻すことができる。
そうだ。
二つの世界を同時に体感できるのが、干渉者の力。
俺は未だ、自分で居てもいいんだ。
そう思うと、急に涙がこみ上げて、しばらく洗面台に貼り付いてしまった。
「時計見て行動しなさい! 全く、幾つになっても手がかかるんだから」
台所から聞こえる母の怒号が、寧ろ身に染みて、とても嬉しかった。
□━□━□━□━□━□━□━□
制服を着込み、いつもの通学路を辿る。
当たり前すぎてどうでも良かったこの一連の動きが、今はなんて素晴らしい。静かに時を過ごしているだけなのに、そのありがたみが大きすぎて、俺は押し潰されそうだった。
竜化した美桜との戦いで滅茶滅茶になったはずの校舎が、以前のままそこに佇んでいるのを見たときにはもう、胸が締め付けられる想いで。そこの木はへし折れていた、そこには救急車と消防車が止まっていた、進入禁止のテープはこっからここまで引いてあった。そんなことばかり思い出して、変な気持ちになる。
教室に向かう途中で、あちこち寄り道した。美桜に呼び出された化学室は相変わらずかび臭かったし、そこから見える中庭は綺麗に手入れがしてあって、いろんな花が綺麗に咲き揃っていた。三階の奥まで行くと将棋部と華道部に挟まれた懐かしい部室。Rユニオンではなく、お笑い研究会と古びた紙が貼られたままになっている。あれは夏になってから立ち上げたんだったか。頬を緩ませながら戻っていくと、その途中で見慣れた顔に出会った。
「芝山」
この時間帯、用がなければ来ないような場所なのに、芝山哲弥は何故かしらそこにいた。 キノコ頭に丸い眼鏡の彼は、眼鏡の縁をクイッと上げて、俺の顔をまじまじと見ている。
「……来澄君?」
――プッと、思わず噴き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます