帰還3
「ようこそ。お帰りなさいませ、救世主リョウ。よかった。あなたならきっと、ここに最初に戻ってくると信じていました」
ドレスの端を摘まみ、可愛らしく挨拶するローラ。ニコリと向けたその表情が、やはり前まで俺に向けられていたものとは少し違って見える。
「リアレイトの時間を切り取った報告を、しなければならないと思って」
俺はジークの前に歩み出て、彼女たちに敬礼する。
「ありがとう。貴方がいなければ、この世界はずっと黒い雲に閉ざされ続けていたでしょう。リョウ、貴方は本当に、この世界を救ったのですよ」
改めて言われ、俺は胸を熱くした。
「いいえ、俺だけの力では。ローラがいなかったら、竜玉を得ることもできなかったし、皆の協力がなかったら、ゼンを浄化することもできなかった。皆が心を一つにした。世界を救いたいと思った。だから成し得たこと。俺は、仲間に恵まれた。全ての出会いに感謝しなければならないんだと思う。俺が美桜と出会ったことも、レグルノーラに足を突っ込みすぎたことも、ドレグ・ルゴラに目を付けられたことも。全部今日という日に繋がっていたのだとしたら、俺の苦労は無駄じゃなかった。寧ろ、このために必要だったんだと思うことができる。それだけのことだ」
ニコリと微笑みローラの顔を見ると、彼女は目を赤くしていた。涙が零れないよう必死に堪えているようにも見える。
「リョウ、貴方は白い竜を全部取り込んでしまった。貴方の中で白い竜は生き続ける。そして貴方も、これから長い長い生涯をその身体で過ごすことになる。悔いは、ないのですか」
「悔い……? いいや。全く」
「“ゼン”と名付けた白い竜の意識は今も?」
「ああ。少し待って」
気持ちを落ち着かせ、そっと目を閉じる。
それまでじっとしていたゼンが、俺と意識を入れ替わり、目を開ける。
「――私に、用が?」
ゼンが俺の声で言うと、何かが違ったと咄嗟に理解したのか、ローラとディアナの表情が変わる。緩んでいた緊張の糸がピンと張ったような、強張った顔。
「貴方が、“ゼン”……? 私たちが“ドレグ・ルゴラ”と呼んでいたあの白い竜で間違いないのかしら」
おどおどと問いかけるローラに、ゼンは鼻で笑いながら、
「その通り」
と答える。
ローラは更に緊張した面持ちで、ゆっくりと息を吐いて呼吸を整え、意を決したように話し出した。
「今までのご無礼を、お詫び致します。ゼン、私たち人間は、貴方を恐怖の対象としか見ることができませんでした。人間だけじゃない、竜も、貴方のことを混沌の原因だと決めつけていました。だけれど、ようやくわかりました。私たちが貴方の存在を恐ろしいものだと決めつけていた、その心が、一番の悪であったということに。あの真っ黒な湖は、二つの世界の黒い感情がこぼれ落ちてできたものだと聞きます。私たち人間が、誰かを恨み、誰かを妬み、誰かを貶し、誰かを苦しめ、悲しみ。そういう黒い感情が、どんどんあの湖を黒くしていったことを、最初に知らなければならなかったのです。この世界は感情、想像力によって支えられています。信じる心が力となる世界の中で、貴方には全く逆方向に力が働いてしまったのでしょう。黒い感情は貴方をどんどん蝕み、とうとう破壊竜と言わしめるまでに追い詰めてしまいました。――“悪魔”を引き寄せ、この世界を苦しめ、この世界を混沌に陥れていたのは、貴方ではありません。他でもない、私たち人間だったのです」
ゼンはローラの話をじっと聞き、何度も小さく頷いた。
「許してはくれないでしょうね。愚かな人間たちのことなど、貴方の眼中にはないのでしょう。けれど、もし許されるなら、今からでも貴方と共に生きたいのです。人間と竜が生きるこの世界をよりよくするために。皆が幸せに暮らしていくために」
彼女らしい弁だった。
恨むだとか、妬むだとか。そういう感情とは別次元にいる彼女の本音だと思った。
ゼンは俺の顔でクスリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます