帰還2

「凌、おかえり。いや……、違うな。崇高なるレグル神、ようこそいらっしゃいました」


 うやうやしく敬礼するジークに苦笑し、


「ねぇジーク。そういうの、要る?」と言うと、


「あれ、見た目にそぐわず中身は凌のままなんだな」と笑われた。


「もしかして、竜人の姿がいけないのか。ゼンの力をもう少し調整できれは姿を戻せるかもしれないけど、まだ同化したばかりでそこまでは」


「――待て、凌。早まるな。せっかくレグルの民が総出でレグル神をお迎えしているこのときに水を差すのはやめてくれ。中でローラ様とディアナ様がお待ちだ。行くぞ」


 手摺りを辿り、桟橋の上を進む。地上から吹き上げる風で、桟橋は大きく揺れた。エアバイクでジークに連れて来られたときには足元を見る余裕すらなく、高過ぎて気持ち悪いだけだったが、今は驚くほど平静な気持ちだ。なんて危うい場所だとは思いつつ、ここからしか見られない壮大な眺めに息を飲む。

 塔を中心に作られた街並みと、それを囲う雄大な森。そして全てを飲み込む勢いで広がる砂漠。この不思議な世界の隅々まで冒険し、俺はいつの間にか救世主と呼ばれる存在になってしまっていた。それどころか、レグル神などと。ゼンと同化した竜人の姿がいくらそれに似てるからって、ここの宗教はよくわからないが、あまりにも畏れ多くはないか。

 何と呼ばれようと俺は俺だ。けど、そのあたり、周囲が理解するかどうかはまた別の話のような……。


「不思議だな。凌に違いないと頭では理解しているのに、今の君は、あの日の君とは全然違う。君はこんなに柔らかな表情をする男だったか? とんがって周囲に疑念を抱き、壁を作っていた君はどこに行った?」


 話しながら展望台の入り口を潜る。

 ワァッと歓声が上がり、俺は少し面食らった。


「レグル神、どうぞこちらへ」


 奥へと続く赤い絨毯の上を、ジークの先導で進む。絨毯を挟んで、老若男女凄まじい人の群れが出迎える。

 白い鱗は光に照ると、キラキラと様々な色を見せた。視界にかかる白髪はくはつも、光の角度によっては銀に見えたり、はたまた別の色が混じって優しいグラデーションを見せたりする。確実に俺のセンスとは違う、グレーと白のコントラストが印象的なこの服だって、それに威厳を加えているような気がする。

 それまで畏怖の対象だった白い鱗でびっちり覆われた尾がはっきりと露呈しているにもかかわらず、誰も俺を恐れてはいなかった。畳んだ羽さえ白いのに、怖がるどころか美しいと賞賛する声さえ聞こえてくる。

 通常は信仰心の欠片すら見せないレグルノーラの人間たちは、突如現れた神と思しき存在にやたら興奮しているように見えた。けれど俺は“神”じゃない。説明の機会を逃したまま、俺は渋々と通路を進んだ。

 レグルノーラの人間たちは、やたらと拍手喝采で大きな歓声を上げてくる。少しはにかめば、それでまた声が大きくなり、チラリと向けた視線が偶々合えば、それはそれでまた思ってもみないほど喜ばれた。

 参ったな。俺はそういうものになったつもりなんて微塵もないというのに。

 赤絨毯の先、展望台の一番奥に、美しく着飾ったローラの姿があった。お日様色のローブが、展望台に差し込む日の光に照らされてキラキラと光って見える。その隣には、真っ赤なドレスに身を包んだ黒い魔女、ディアナの姿もある。彼女は彼女で、長い髪を綺麗に結い上げて妖艶なボディをこれでもかと見せつけていた。

 彼女らの前まで来て歩みを止めると、それまでの歓声がピタッと止まり、辺りはしんと静まりかえった。


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