決別の誓い4
「戻らない、つもりか……」
シバはしゃくり上げながら、小さく言った。
「戻る場所なんかもう、何処にもない」
胸倉を掴む手が、離れた。
「美桜はどうする気だ。契約、したんじゃないのか」
「契約件数に上限があるなんて話は聞かないな」
「美桜も、その竜も、全部自分がどうにかするって? 事前に相談は? なんで勝手に全部決める? 私たちが信用ならないとでも? 私たちは、お前を追い詰めるために戦って来たわけじゃない。なのに、なんで」
シバの身体をゆっくりと起こし、俺も一緒に起き上がって、彼の肩をさする。よく見ると、マントは千切れ、服もあちこち破れていた。切り傷や擦り傷があちこちにできていて、長い金髪はボサボサだった。
「頼みがある」
俺はシバにだけ聞こえるように、小さく言った。
「もし、ゼンがまた黒く染まりそうになったり、俺がゼンを制御できなくなったりしたら、遠慮なく俺を殺してくれ」
「――え?」
「俺が死ねば、俺と契約した竜は卵に還る。半竜の美桜についてはわからないが、それが恐らく、ヤツを封じる唯一の手段」
「来澄、お前……」
「だから言ったろ? 狂ってない」
「じゃ、その竜はこのことを?」
「賢い竜だ。卵に還ることは理解してる。契約の条件は、俺との同化だ。常態的な同化で、俺の肉体の老化を遅らせる。ゼンには話し相手が要る。俺が、生涯をかけて全うする。それに、竜は人間と契約すれば、性格を
会話を進めれば進める程、シバは涙を流した。
俺の決意が上辺だけじゃなくて、本物だと、ようやく信じてくれたらしい。
「須川さんには、なんで言えばいい? “表”で飯田さんと私の本体を守りながら待ってくれている」
何故か俺のことを好いてくれて、一緒にいるために戦うことを選んだ彼女にも、確かに知る権利がある。彼女は俺の気持ちが自分には向かないことをわかっていて、それでもついて来てくれた。大切な人のひとり。
「これから俺がどうなるのか、契約してみないとわからない。もし俺が、自分の力で何も伝えることができない状況なら、ありのままを、お前の口から伝えてくれよな」
最後に一回、トンとシバの背中を叩いて、俺はすっくと立ち上がった。
項垂れるシバを尻目に、俺はディアナやローラたちのいる方に目をやった。レグルノーラを支える、支えてきた塔の魔女たちは、複雑な顔で俺を見つめている。
会話を聞いていたのかもしれない。だから泣きそうな顔をしているのかも。
「ゴメン」
俺は頭を深々と下げ、精一杯の気持ちを伝える。
ゆっくり顔を上げると、不安から悲しみに表情を変えた仲間たちが、揃って俺の方を向いていた。
「止めても、無駄なんだろ?」
何かを悟ったように、物悲しく話すノエル。
俺は、無言でうなずく。
「救世主様がお決めになったことですもの。大丈夫、全ては上手くいく。そう、信じます」
モニカは気丈な言葉を口にしながらも、顔は涙でグチャグチャだった。
「君が全てを受け止める必要はない。それは皆も思ってる。それでも……、君は、決めたんだな」
ジークはそう言って、目を細めた。
「命を懸けてまで、二つの世界を守ろうとする。その強さは、どこから来るんだ」
そう首を傾げたのはレオだった。ルークとジョー、ケイト、エリーも、レオの言葉に同調し、何度もうなずいている。
「それはさ」
俺は一呼吸置いて、噛みしめるように次の言葉を紡いだ。
「信じてくれる、人がいるからだ」
頬が緩み、目頭が熱くなる。
涙が出そうになるのを必死に堪えながら、俺は言葉を続ける。
「誰も信じることのできなかった俺を、支えてくれる仲間がいて。絶対に力を秘めていると必死に引き出そうとしてくれた人がいて。どんなに苦しくても励ましてくれる人がいて。信じる力が強さになる、そういう世界だったからこそ、俺は自分を信じることができるようになった。それは同時に、誰かを信じ、誰かを愛し、誰かを救いたいという気持ちに繋がっていった。俺は、この世界に救われたんだ。だからこそ、命を懸けてこの世界を守りたいと思った。……ディアナ、俺にかけた呪いは、解けてないよな?」
「呪い?」
とディアナは何かを忘れているような顔をする。
「ホラ、例の。レグルノーラを裏切るようなことがあれば死ぬってアレ」
「……ああ、アレか。ああ、解いてない。だから、お前の気持ちが揺るぎないことはちゃんとわかっていた。けれど、お前はそれでいいのか。美桜はどうなる。お前と契約した美桜は」
「美桜は……」
目をやると、半竜の彼女は放心状態で、焦点定まらぬまま立ち尽くしている。
「勿論、忘れているわけじゃない。美桜も、ゼンも、俺の大切な竜だ。何かを得るために何かを失うなんて、ナンセンスだろ。俺は、全部守る」
そう言って、無理やり口角を上げると、ディアナは、
「救いようのない」
と小さく言った。
「お前はそう言いながら、大きなモノを失っていることから目を背けている。わかるか? お前は自分の平穏な日常を、これから長く続くだろう静かな日々を、全部失おうとしているのだ」
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