決別の誓い3

 一番最初に反応したのは、やはりディアナだった。

 右手に構えた杖の先に、既に魔法陣を展開していた。聖なる光の魔法陣には、“破壊竜を葬れ“と走り書きされている。彼女の魔法は素早い。かき消すか、弾くか。いや、この魔法はしっかり受け止めなければならない。

 俺の考えを感じ取ったのか、ゼンは微動だにせずディアナを直視し、迫り来る魔法を直接浴びた。銀色の光が白い身体を突き抜けるが、予想に反して何の反応もない。要するに、全く効かなかった。


「ど、どういうことだ……?」


 誰もが目を白黒させ、互いに顔を見合っている。

 つまり、そういうこと。


「破壊竜はもう、存在しない」


 ザワッと声が上がる。

 まるで意味がわからない。そういう顔で溢れている。


「魔法で浄化する前、湖の水はタールみたいな黒い液体だった。それは二つの世界から溢れた黒い感情が徐々に蓄積されたもの。誰かを恨んだり、憎んだり、罵ったり、傷つけたりして黒くなった水が、孤独で満たされた白い竜を破壊竜に変えてしまった。つまり、二つの世界の黒い感情が破壊竜を作り上げた。元々は、こんなにも美しい白い竜だった。黒の呪縛から解放されたこの竜はもう、“ドレグ・ルゴラ”じゃない。そんな悪の称号めいたものはもう、必要としていない」


「しかし」


 と、誰かが言った。

 彼らには、あの白い空間での俺とゼンの話なんか理解できるわけがない。長い同化によって培われた例えようのない感情を説明しても、素直に受け止めてもらえるか自信もない。考えの違う人間はごまんといる。けど、それはそれできちんと受け止めなければならない。俺に彼らを否定する権利はない。

 だからこそ、こうしたことを切り出すのには勇気が要る。

 拒まれる前提で、俺は言う。



「彼は“ゼン”。これから俺の竜になる」



 氷と水の空間に、俺の声はやけに響いた。

 時間が全部止まったみたいに、皆が俺とゼンを見ていた。絶望を湛えたような、驚愕で頭を白くさせたような。顔を手で覆い、武器を落とし、口を開け、頭を抱え。


「狂っ……た……」


 シバがこの世の終わりのような顔で俺を見ていた。


「来澄、お前とうとう狂って」


 そう思うのが妥当だ。

 これまでの経緯を考えれば、こんな結論には至らないだろうから。

 だけど。


「残念ながら、狂ってない。正常だ。要するに、殺すべきだと。それも分かってる。ここで残酷な事実を言うなら、俺は、俺たち人類は、恐らくこの白い竜を倒すことができない。魔法もまともに通じない、武器兵器も魔法で跳ね返す。何より賢く、したたかだ。倒すことができないのだとしたら、三百年前と同じように封印するか? そしたらまた同じ結果になる。膨れ上がった黒い感情がまたゼンを破壊竜に変える。その頃に俺はもう居ない。じゃあ、次に誰がゼンを止める? また救世主たる干渉者が現れるのを待つのか? そんなの、問題を先送りするだけだ。そんなことをするくらいなら、俺が今、全部の苦しみを引き受けた方がマシだ……!」


 俺が思いの丈を喋ってる最中にもかかわらず、シバは氷の上をずんずん歩いて向かって来た。セリフの最後に到達する頃には眼前に居て、端正な顔を歪ませて拳を握りしめていた。音もないまま、シバの拳が頰に当たる。俺の身体がよろけると、シバはそのまま俺を氷上に叩きつけた。


「来澄、貴様、自分が何を言っているのかわかって……!」


 胸倉を掴み、俺の腹に馬乗りになって、シバは叫んだ。


「泣いてる……?」


 ボソッと呟くと、シバは顔を真っ赤にして、また殴ってくる。けど、力なんて入ってない。震えた拳はやがて殴るのをやめ、そのままシバの身体が俺の上に崩れた。


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